「360°」
< サーチーバー >
「 入院中のアウンサンスーチー氏を気遣って 」
(2003年9月)

小雨降る中、病院前に二十数人の人影があった。手には小さなプラカード。写真や花束を持つ者もいる。入院中のアウンサンスーチーさんを気遣う人びとの姿だ。命がけの行動だ。

「ドクッ、ドクッ、ドクッ」

シャッターを切りながら、心臓の鼓動で胸が張り裂けそうになる。外国の報道関係者は誰もいない。彼らの写真を撮っているのは今、世界で自分一人。そう思うと、緊張で胃が引きつる。民主主義を求める抵抗運動は確かに生き残っている。

1月の半ば、やれやれという気分で帰国。2002年の暮れから約一年間、東南アジアの西端に位置する「ビルマ」に滞在していた。今の日本では「ミャンマー」という名の方が通りがいいかもしれない。

軍事政権のビルマ。だが、北朝鮮やイラクの影に押されて、この国の実状が報道されることはない。日本の新聞社の特派員は、ビルマに常駐していない。記事の多くは隣国タイから発信されている。

この国へ通い始めて12年。最も長い取材で、一度に3ヶ月半くらい滞在したこともある。だがこの数年間、短期間の取材に行き詰まりを感じてきた。何が伝えられて、何が忘れられているのか。過去の取材を点検。これまで伝えられてこなかった普通の人びとの姿を写真に記録しよう。そう思い立った。

軍部と摩擦を起こして拘束され、もしかしたら帰国することができないかも・・・。まあ、それはそれで仕方ない。そんな気持ちにまで自分を追い込んだ。

取材制限の厳しいビルマでは、普通の人の本音を聞いたり、自然な写真を撮るのは難しい。とりあえず、滞在当初の3ヶ月間は、ビルマ語の修得に励んだ。

「食べてみてください」=「サー(たべる)+チー(見る)+バー(〜です)」。日常会話レベルでは、日本語とビルマ語は似通っている。

言葉がある程度自由になると、確かに取材は楽になった。だが、それ以上に精神的にきつくなった。周りがすべて、秘密警察に見え始めたからだ。

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