「 言 」 提案あり!
−テロ事件と日本の役割−
「 難民受け入れこそ急務 」
米国の同時多発テロ事件で、米英は軍事報復に踏み切り、日本政府は自衛隊派遣を決めた。しかし、テロの背景にある貧困や人権抑圧を放置したままでは何も解決しない。

今、日本に求められていることは、アフガニスタン難民の早期認定と国内受け入れだ。抑圧された人々の痛みを考えなければならない。

私は80年代半ばから90年代前半の延べ3年間、米国東部で黒人やラテンアメリカ中心の世界で生活を続けた。91年の湾岸戦争勃発(ぼっぱつ)時、政権とメディアが繰り返す「大儀」の前に、約1週間で「反戦」の声がかき消されたのを目の当たりにした。

直接テロの被害にあった今回は"悪者"ビンラディン氏を捕まえろと、国全体がヒステリックになっている。米国内の黒人や先住民族は今、何を思うのか。彼らが報復反対の声をあげていたとしても、主流メディアが彼らの声を取り上げることはほとんどないだろう。

93年からは毎年、民族の自治を求めて軍事政権に対し抵抗闘争を続けるビルマ(ミャンマー)の「少数民族」カレンの前線や、東西冷戦の代理戦争の場と化したエルサルバドルのゴミ捨て場などで長期取材。傷つき、貧困にあえぐ子どもや女性たちをファインダー越しに追った。

見えてきたのは、日本を含めた欧米大国の「強者」の論理だ。富と豊かさを享受する自分たちの生活が、どのように成り立っているのか。その裏で、どれだけ多くの人びとが抑圧されているのか考えようとしない。

旧ソ連の軍事侵攻と内戦で、200万人、300万人の人びとが難民となっても、国際社会はほとんとアフガニスタンに関心を向けてこなかった。

無差別テロは決して許されない。しかし、マザー・テレサが「愛の反対は無関心」と言ったように、アフガニスタンやパレスチナ問題の渦中にある人びとへの想像力の欠如が招いた結果。貧困や抑圧に耐えきれなくなった弱者が牙をむき、自分たちの生活に火の粉が降りかかった強者が、軍事報復という形で応えたと考える。

日本が出来ることといえば、自衛隊を派遣し難民支援をするというのは自己満足。まず、タリバン政権の迫害を恐れ日本に逃れたアフガニスタンの少数民族人びとを早期に難民認定し、10万人単位でアフガン難民を受け入れるべきだ。

さらに、失業対策として若者を募り、アフガン近郊の難民支援や地雷除去活動に当たらせてはどうか。理想論ではなく厳しい現実に向き合わないと、抑圧された人びとの直面している不正義を理解できない。(談)