スーチー氏”解放”と多難な民族問題

─ 民政移管は進むか ─ 国内紛争の恐れを懸念
『神戸新聞』朝刊(2002年5月20日)
ビルマ(ミャンマー)の民主化指導者アウンサンスーチー氏が今月6日、
軍事政権・国家発展評議会(SPDC)によって、 1年7カ月に及ぶ自宅
軟禁を解かれた。

ビルマの経済状態はここ数年、 欧米諸国からの制裁によって、 ほぼ
破綻状態に陥っていた。 私が首都ラングーンを訪れた昨年八月、 実質
上の闇レートは1ドル=600K(チャット)だったが、 この4月の末には
1000Kまで値下がりしてしまった(公定レートは、1ドル=6、6K)

食料品や燃料の値上がりは続き、 市民生活は今まで以上に苦しくなって
いた。今回の「解放」は、 ラザリ国連事務総長の七度目の仲介に名を借りた、
経済を立て直すための苦肉の策だったと考えられる。

日本政府は4月末、すでにODA(政府開発援助)再開の閣議決定を行っ
ている。 その情報を得ていた私は、 今回の「解放」について、それほど
の驚きはなかった。

スーチー氏が書記長を務める国民民主連盟(NLD)とSPDCとの民政
移管の問題は今後、1500人近くいる政治犯の釈放交渉を続けながら、
秘密裏に進められるであろう。

NLDが、 議席の8割以上を獲得した90年の総選挙の結果を最重要視して、
民主国家を目指すのは自然なことである。 だが、SPDCは政権を手放す
様子はない。 今囁かれているのは、暫定政権へ向けての新たな総選挙の
実施である。 そのためNLDは、90年の総選挙の結果をあきらめなければ
ならない。

では、 その理由をづけをどうするのか。 選挙結果の実現を求めて、
ビルマ・タイ国境や第3国に逃れた民主化を求める人たちに分裂が
起こるのではないかと危惧する。

NLDはしばらくの間、 SPDCの本意を探りながら、 教育や医療など、
政治的対立のない事項について、 取り組んでいくと考えられる。

ビルマはまた、 軍幹部と深いつながりがあるとされる麻薬問題も深刻である。
一昨年には、 アフガニスタンをしのいでアヘン生産量が世界一になった。
さらに目に見えぬ形で急増しているHIVの問題もある。

しかし、 過去10年間ビルマを追いつづけてきた私には、 違った面に関心
を寄せている。 実のところ、 ビルマにおける最大の課題は「民族問題」
であるからだ。

SPDCはこれまで、 「ミャンマーを旧ユーゴスラビアの二の舞いには決
してしない」との信念から、 軍による力の支配を緩めてこなかった。 実
際今も、 ビルマの辺境地域では半世紀以上、 「少数民族」による武装
抵抗闘争が続いている。

今回のスーチー氏「解放」の際には、 ビルマ国内の「民族問題」は一切触
れられていなかった。

今後議題に上るであろうNLDとSPDCの政治交渉の舞台に、 40以上
ある民族集団の代弁者を入れないと、 1948年の独立時と同じように多
数派のビルマ人と「少数民族」、 あるいは「少数民族」間の紛争が起きる
恐れがある。
SPDCは、 権力の基盤が弱くなったその時、 いよいよその一番やっかいな
民族問題の解決をNLDに担わせるはないだろうか。NLDが民族問題を解決
した背後で、 自らの利権の温存を図ろうとする構図が見え隠れする。
もし、 失敗したなら、 NLDの統治能力に烙印を押すことができる。

また、 形だけの民主国家では、 辺境地域に住む民族集団への合法的な
抑圧が引き起こされる恐れがある。 天然ガスや鉱物資源、 かろうじて残
っているチーク材など、 豊富な天然資源を求めて、 多国籍外国企業が辺
境地域へ入って行くはずだ。 共同体中心の生活を送ってきた辺境の諸民
族は、否が応でも国際経済の枠組みに飲みこまれ、 資源収奪の目的の
ため、 自らの生活の場を追われる状況に直面するかも知れない。

NLDは当面、 「民政移管」という、 極めて困難な政治課題を乗りこえ
なければならない。 だが、 同時にこれまで日の目を見てこなかった辺境
民族の人々のことを考えながら、 政治の表舞台に立たなければならなく
なった。
国際社会は、 軍の暴走を注視し、 まずは「民政移管」へ向けての協力
を惜しんではならない。
観光地を訪れるだけでは目にすることのできないビルマ政府軍の移動