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ビルマ国内で起こった軍内部の政変(2004年10月19日)以後、同国に関するニュースはメディアからほとんど姿を消した。政変直後、ビルマ問題に関心を持つ全国紙の記者からメールが届いていた。
「デスクに『これから内戦が始まるのやろ?』とたずねられました。まあ、社会部員のアジア認識というものは、そんなもんです。」
ビルマ軍事政権(SPDC=国家平和発展評議会)のトップ、タンシュエ評議会議長の力は強大になりすぎているようだ。そのため、軍政内部の軋轢から内戦が起こることなど、今はあり得ない。ビルマのことを伝えるとき、単に「軍事政権」と表記するのではなく、その独裁者の名前、タンシュエ議長の個人名を併記することがこれからは必要であろう。
政変以後、首都ラングーン(ヤンゴン)の市民生活はほとんど変化はないと伝えられた。表面上、のどかで平和な生活は維持されているのであろう。そうは思いつつ、どうしても政変後の、その場の雰囲気を感じてみたくなり、11月半ばすぎ、とうとう現地入りしてしまった。
この一文は今(12月16日)、ラングーンで書いている。ビルマ入りしてから、アウンサンスーチー氏の自宅軟禁を一年延長するニュースが流れた。さらに、外交イメージを高めるためなのだろうか、この2ヶ月間だけで、1万5千人近い囚人に恩赦が適用されるというニュースも流れた。現地に滞在していて、このような情報は、数少ない場所でのインターネットや知り合いの口から知った。ビルマ国営放送や国営紙は、国内政治に関する報道は、それこそ(前首相更迭のいきさつをのぞいて)皆無である。
さて、前回に続いて、日本国内におけるビルマ報道(各紙社説から)を見ることにしよう。
タンシュエ議長によるキンニュン首相更迭の予兆は以前からあった。BBCのラリー・ジャーガン氏は昨年9月、東南アジアでは影響力のあるタイの英字紙『バンコクポスト』紙に、キンニュン氏に近いウインナイン氏が外相の職を解かれた際に次のように書いた。
「首相と私の地位(命さえも)はあぶなくなっている」 この前外相の談話は、昨年六月にインドネシアでの会議の出席中に発せられた言葉であった。また、ラングーン市内でも8月頃、首相失脚の噂はすでに流れていた。首相更迭は時間の問題であった。それ故、「突然の(首相交代)」(『信濃毎日新聞』、『読売新聞』)と伝えるのは、ビルマでの状況を見誤ったことになる。
「最高権力者のタン・シュエ国家平和発展評議会議長ら軍政権首脳は国民の願いを聞き、国際社会の声に耳を傾けるべきである。少なくとも、今回の首相更迭について納得のゆく説明をする必要がある。懸案の民主化についてもどういう考え方で進めてゆくのか明確に述べるべきだ。」(『日経新聞』)
「軍政指導部は、少なくともこの民主化プロセスを維持すべきだ。現在、休会中の国民会議を棚上げした場合、国民の不満が高まりかねない。」(『読売新聞』)
民主的に選ばれた政府なら、政府の方針転換について説明義務を負うかもしれない。だが、ここは軍事政権国家ビルマであり、ビルマ人いわく、「王様」のタンシュエ議長は、好き放題を続けているのである。考えなくてはならないのは、現在進んでいる、民主化に向けてのロードマップは、国民の声を代弁したのではなく、軍政による一方的な茶番劇にすぎないということである。軍は、最初からに国民に耳を傾ける意志は毛頭ない。国民は最初からこの国民会議には関与しておらず、現在のビルマ国民は、不満などという優しい言葉を通り越して、軍政への諦めと絶望を持って毎日生活しているのが現実である。そもそも、右の文面には、ビルマ市民が政治に関わるのはいかに危険なのかという認識が全くない。
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