フォトジャーナリストの独り言

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[フォトジャーナリストの独り言]
2001/04/07 第3号
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フリーフォトジャーナリスト・宇田有三(うだゆうぞう)が
取材の中で、日々の生活の中で感じたことを書き綴ります。
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■第3号■

「感性を磨くために環境をかえる」
 
その昔(といってもまだ10年も経過しないが)、ドミニカ出身の女性と 親しくなったことがある。まあ、写真一途だった私も、写真に取り組み初 めて2年目に入り、精神的にも余裕が出てきたころだったのかも知れない。

仲良くなったきっかけはよく覚えていないが、スペイン語の勉強をちょっ とだけ教えてもらった事があるから、そのあたりかも知れない。 一緒に揃って米国・ボストンで行われたエルサルバドル関係のデモ集会に も出かけたこともある。

彼女(K)は、スペイン系の家系のせいか、金髪で青い目をしていた。ひ いき目に見てもかなりの美形だった。それに押しが強かった女性だ。まあ、 私の性癖かどうか分からないが、どうやら私はどちらかといえば、(いわゆる)気の強い女性に縁があるようだ(これは話の本筋ではないが・・・)

ある時、そのKが引っ越しをするというので、家まで手伝いに行った。ま あ、米国の宿替えらしく、車に積み込む家具はほとんどなく、手軽な身の 回り品や服などだけだった。

車に荷物を積んで、ホッと一休みしていると。「 Yuzo〜!、ご飯を用意 しているよお〜(なぜか関西弁の英語?)」とのさそいの言葉。もちろん 手料理ではなく、チャイニーズのテイクアウトの品が4点ばかりあった。

簡単な食事だった。まあ、これは映画の中でもよくある話だ。 が、用意されていた食事はそれだけではなかった。

驚いたことにそのK、密かに日本の食料品屋でインスタントみそ汁を買ってきていた。「これ、どうやって食べるの。日本の人はみんな食べるんで しょ」と聞いてきた。私を喜ばそうと、隠し球を持っていたのだ。

彼女にそういう心遣いがあることを知って、むちゃくちゃ嬉しかった。た だ、単にアグレッシブな女性だと思っていた自分がちょっと恥ずかしかった。

テーブルにロウソクを立てて、ちょっといい雰囲気でご飯を食べた。食事中の会話は何かぎごちなく、今思い出してもちょっと顔が赤くなるほどの 緊張感だった。

もともとはドミニカ出身のKだったが、彼女の実家はその時、テキサスのヒュー ストンに移っていた。米国の滞在は長くなり、スペイン語はもちろんのこと英語にも 不自由はしていなかった。

まあ、共通の言葉として英語を話していたが、お互い背負っている文化・ 社会習慣も異なっていた。だから、相手が何を考えているか、言葉を交わすしかなかった。しかし、である・・・。

しかし、言葉だけでは伝えきれない何かがあったのも確かである。そんな 雰囲気であった。もちろん男と女という生物学的な違いの緊張感がことも あったかも知れないが、それ以外に何かがあったんだな、と今でも思う。 こんなに違うのに、何かホッとさせる共感できる何かがあったような気が する。

頭で考えても決して思い浮かばない。論理では割り切れない、生身の人間 同士のふれあいがあった(・・・物理的に抱き合っていたというわけでは、ない)それは、未だに分からない、しかし、その「なんか同じ人間だな」 という感覚は、初めての土地で見知らぬ人にレンズを向けるときにも感じ る。

今でも、外国に出ると、新しい環境にぶつかってショックを受けることがある。生活習慣が違うから当たり前である。ただ単にそのことに物珍しさ を覚えるだけでは旅行の延長に過ぎない。そこに人との交流ができてくる と、一歩踏み込んだ関係ができてくる。そうなると、その感覚がますます 深まってくる。

違うはずなのに、どこかに同じ人間性を感じる経験が生じてくる。もちろん新しい人間関係は緊張するモノである。それが異性の場合は特に顕著で ある。しかし、日本にいてもそうだが、いつも自分の都合のいい、安穏と した環境に座っていたのでは、自分の「感性」をとぎすますことはできない。

これは私の個人的な方法論だが、常に自分をとんでもない状況に追い込み、 「さあ、おまえはどうするのだ!」と自問自答する事がある。

犬養道子の『マーチン街日記』に次のような記述がある。
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隔離、と私は書いた。何からの隔離か。
自分の身辺に自分築き上げ、それをよしとし、その中に一種の安心感とこ ころよさとを見出だしていた、これまでの生活様式からの隔離である。慣れからの隔離である。社会的地位や、少々人に知られた名前や、経済の一応の基盤を得た安逸感からの隔離である。

ふだんは別段何とも思っていなかったそれらに、「安定」の根のいかに大きな部分を置いていたかが、いま、わかって来た。そんなものは、「安定」 ではないのに。そういうものからぱっさりとはなれて、一介の研究所員なって、このアメリカという土地に来てみて、はじめて、自分がいかに既成の地位や基盤に精神的にもよりかかっていたかがわかったのであった。

  「自分の」世界からの隔離。「自分の」生活リズムからの隔離。

人間は、生活リズムや「自分の世界」や、築き上げた地位基盤などによりかかり、それらのなかに心地よく安住する安易さから、たえず自分をふり ほどかねばならぬ。空天の中に宙吊りされたような、のっぴきならぬ気持ちに、また、安逸をはなれた精神の孤独に、婁婁帰ってゆかねばならぬ。 その気持ちと孤独の中でだけ、人は・・・少なくとも私は、自分自身と出会うことができ、沈黙と呼ばれる豊饒の中で、自分の「言葉」を生み出す ことが出来る。
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この「言葉」を私は、自分の「感性」と置き換えることがある。この「感性」は常に刺激しておかねば、ついついずぼらをしたがる。
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(c) Yuzo Uda 1995-2004
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