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イラク取材でメディアの罪を痛感「ライフ」に代わる雑誌をめざして
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| レバノンでのイスラエルによる衝突など中東情勢が緊迫するなか、陸上自衛隊が帰還した。イラク戦争をめぐる報道では従軍取材のあり方が問われたが、いまだにしっかりとした検証はなされていない。同様に敵基地攻撃発言が米軍再編や改憲論と数珠つなぎで展開する国内情勢にメディアの反応が鈍いのはなぜなのか。フォトジャーナリズム誌「DAYS JAPAN」(デイズジャパン)編集長でジャーナリストの広河隆一さんに聞いた。
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聞き手 レバノンでのイスラエル軍とヒズボラとの衝突をどのように見ていますか。
広河 空爆をやり一般市民を犠牲にして、地上軍を投入するのはお決まりのパターンです。イスラエルはレバノン南部から撤退する2000年までヒズボラ狩りを続けていましたから今回も同じ手口で狩りをやる気でしょう。しかし、あの周辺は村ごとヒズボラの支持者ですから、制圧してもベトナムの二の舞は確実です。
聞き手 イスラエルはヒズボラの非武装化を停戦理由のひとつに挙げていますが。
広河 ヒズボラの脅威を取り除くことは非常に困難です。そこでアメリカと共に、ヒズボラの支援国であるイランやシリアに圧力をかけている。アメリカの本音はイスラエルを使ってあの2国を直接戦争に引き込むことなのかもしれません。もし、イスラエルが爆弾を落とすなどの挑発で相手が反撃してくれば、イスラエル・アメリカ同盟軍として戦争をする。そしてイラクと同様の占領状態を作る。ですがその結果はイラク戦争を見ればわかる通りのドロ沼です。
聞き手 そのイラク戦争では日本の報道姿勢が問われました。フォトジャーナリストの現状をどう見ていますか。
広河 フォトジャーナリストに限らず、日本のジャーナリストのレベルは低い。どんどん落ちていくことを思い知っているところです。
たとえば、私たちデイズジャパンが主催する写真大賞は2年目に入り、約5300点の応募があったのですが、そのうちの90パーセントが海外の写真家による作品でした。
日本の作品が少ないのはなぜなのか。これは深刻な問題です。
聞き手 原因をどう考えますか。
広河 日本のフォトジャーナリストを目指す人の多くは、パレスチナやレバノンで写真を撮りたがります。それは「コンテストで賞を取りたい」とか「かっこいいから」という理由が先にあるからで、社会に対する問題意識を持って臨んでいる人はとても少ない。海外に興味はあっても、いま日本で起きている危機には非常に鈍いのです。
その問題がひとつ。もうひとつはメディアの問題です。
9・11時はフリーのフォトジャーナリストが大量に動員されました。
イラク戦争では、危険なバグダッドにフリーランスを配して米軍などの従軍取材には大手メディアがいるという構図でしたが、フリーが大手メディアの補完物としての役割を負わされている以上、メディアの視点でフリーの報道も決まってしまい、結局は内容に違いがないのです。
聞き手 従軍取材の姿勢も問われました。
広河 バグダッド陥落から1カ月後、私は、従軍記者が米軍と共に進軍したバスラからバグダッドに至る道を取材しました。米軍側の報道ばかりが目に付いたこの道で、本当はなにが起きていたのかを知るためです。
米軍によって大勢の一般市民が惨殺されていました。自動車で逃げる家族を撃ち殺す。トラックの荷台に乗り込んでいた子どもたちに砲撃を加える。道から30メートルほど離れた防空壕に逃げ込んだ女性や子どもたちに対して、上空のアパッチがミサイルを発射して皆殺しにする。
記者は米軍の銃弾が相手に命中したと喜ぶのではなく、こうした事実を報じるべきだした。ですが、テレビでは日本テレビの従軍取材がとくに印象的だったように、道の前で子どもたちが手を振り出迎えてくれる姿を報じるなど、軍の広報誌と化していた。
バグダッドのテレビニュースや新聞には米軍による被害は伝えられていたのです。
日本で報じようとするメディアがなかったのは、つまり、日本が戦争に加担した以上は、被害者の事実は報じずに正義の戦争を演出する必要があったということです。
聞き手 しかし、そもそも日本が戦争に加担していることに、メディアは無自覚だったように見えます。
広河 むしろ自覚的でした。知り合いの大手紙記者の話では、社の方針としてデスクから上には、難民キャンプや被害者の報告は上げるなとの「お達し」があったといいます。
一方で、テレビニュースはCMによって成り立っているので、被害者の悲惨な映像のあとで自動車のCMを流しても視聴者の購買意欲には結びつきません。スポンサーも嫌がります。ニュース番組はどんどんワイドショー化を進めて視聴率アップに走る。
それを見る視聴者にも責任はあります。自分たちが仕事から疲れて帰ってきて、テレビをつけたら少女の死体があった。そして戦争に私たちの税金が使われていると報じられていたなら、見たくないし責任を問われたくないとの気持ちが働くでしょう。
しかし、いずれにしても一番の責任は事実を知っていて報じないメディアです。
聞き手 次期首相候補による敵基地攻撃発言にもマスコミの反応は鈍かった。
広河 戦争被害者を報道しない結果が度重なって、あのような好戦論をものすごく有利にしているのです。
権力はもはや、メディアを自在に扱い、改憲も自衛隊の行動も思うがままだと考えているのではないでしょうか。
ジャーナリストの責任は「ミサイルが発射されました」「爆弾が投下されました」と伝えるだけではなくて、それらがもたらした被害を報告することです。
日本のジャーナリストがダメになっていくなかでも、がんばっている人はいます。しかし掲載できるメディアがない。そこでデイズジャパン刊行を計画したのです。
聞き手 そのデイズジャパンは通巻して29号を迎えました。
広河 1年目、2年目も超えて2年3カ月まで進みました。今日まで続いていることが奇跡だと感じています。
この手の雑誌は制作に毎月700〜800万円くらいかかります。この経費をどうやって維持する気か、1号でつぶれるぞと当初は友人たちの強い反対がありました。ですが、同時に今のメディアに不信感を持つ人たちも大勢いて、この人たちが刊行を定期購読という形で後押ししてくれたのです。
大手出版社のセオリーなら、別部門で生じた利益を雑誌に投入して赤字が出ても持ちこたえさせ、好転するのを待つのでしょうが、本誌は個人の集まりで制作しているので赤字が出ても補う力はありません。赤字が出たらつぶれるときだと思っています。
聞き手 編集者として写真はどのように選んでいますか。
広河 デイズジャパンのテーマは人間であり、人間の尊厳です。人間の尊厳が奪われたり、殺されたりしている事実をきちんと報告しているか、また問題の背景をしっかり伝えた写真であるかを基準にします。
以前に講談社の初代デイズジャパンで編集に携わっていたので編集は初めてではありませんが、今は編集長であり会社の経営者です。両方やるのは心理的にも負担が大きくて大変です。
聞き手 同誌の今後の方針は?
広河 英語版を年4回出しています。今月号で特集しましたが、東京・恵比寿の東京写真美術館で開催されている世界報道写真財団50周年展でデイズの写真が展示されました。海外でも「ライフ」に代わる雑誌として評価が上がっています。これを推し進めていきたいと思っていますが、我々の力がどこまで持つかです。
また、フォトジャーナリスト講座を9月と10月に開く予定です。5月の連休中、5日間にわたり開催した第1回は定員を大幅に超える予想以上の応募があって関心の高さに驚きました。10月の講座では、デイズ国際フォトジャーナリズム大賞受賞者のルハニ・コールさんを招いたワークショップを企画しています。
メディアの現場は今、社員教育はやるがジャーナリスト教育はやりません。だからこそ、ジャーナリストとは一体なにをする職業なのかを学ぶ場所にしていくつもりです。
(聞き手・写真:瀧本茂浩)
| 戦争責任、皇室など日本のマスメディアが口ごもりがちなテーマを、外国メディアはどう報道しているだろうか。記者クラブなど日本特有の仕組みの中で、外国メディアの取材現場に立ち会ってきた西里扶甬子さんの仕事の一端を紹介する。
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聞き手 海外メディアが関心を持って報道するものは?
西里 皇室のニュースには関心があります。皇太子のお妃(きさき)候補がなかなか決まらなかった頃から外国メディアは注目していました。雅子様が皇太子妃に決まってからも、ハーバード出の外交官が皇室に入ってどうなっていくのか、なかなか子どもができなかったり、適応障害を起こしたこともドラマのように興味を持たれました。
日本人はあけすけには言いませんが、男の子を産むマシーンだったのかという受け止め方をされます。
今度の皇室典範改訂問題でも、様々な発言が海外に発信されました。
「旧皇族を復活させてその家系の男子と愛子様を結婚させれば男系が保てる」とか「愛子様が留学して青い目の外人と恋愛して結婚すると言い出したらどうするのだ」など。
結婚する本人の意思を無視したこうした発言が堂々と飛び交う日本社会は海外から見ると、表面的にどう見えようとも、やはり封建的で、男尊女卑だったのかと思われてしまいます。皇室のありかたは日本の民度とか人権意識とかを計るバロメーターになっているのです。
天皇は日本社会の重要な要素として外国メディアから関心を持たれているわけです。
プレス・クラブの記者たちは遊就館の見学ツアーをしたり、終戦記念日の靖国神社を取材したり、 現代日本を伝えるとき戦争とのつながりでとらえる視点を持っています。
聞き手 日本の戦争犯罪についての理解は?
西里 欧米のマスメディアは、強制連行のことなど日本と中国、韓国の関係について、あまり深く理解していません。
しかし、いわゆる南京大虐殺については史実として日本人よりもよく知っています。
七三一部隊は森村誠一さんの『悪魔の飽食』以来、認識されてきました。
聞き手 七三一部隊の本を2冊お書きになっていますね。
西里 1冊は、生物兵器のドキュメンタリーを手がけたときに、その番組のリサーチャーがイギリスで出版した本を翻訳したものです。第6章を訳者として書き下ろしました。
84年にイギリスの放送局が生物兵器のドキュメンタリーを制作したとき、日本側のコーディネーターの仕事をしました。
そのときはまだまだ七三一部隊の関係者が存命でした。
生体解剖をやった軍医の話では、なんでもない中国人を連れてきてお腹に弾を撃ち込んで、それを摘出する手術の練習をしたそうです。内科医などを徴用して前線に連れてきても手術ができない。それで練習をさせる。それが常識のように行われていた。だから戦犯管理所に入れられて、お前のやったことを告白せよと言われても、罪の意識がないから初めは何のことかわからなかったそうです。
過去の事として追い始めたのですが、生物兵器を含むいわゆる「大量破壊兵器」はいつの間にか現代の問題になっていたんですね。
9・11事件の後にアメリカで起きた炭疽菌レター事件も未解決です。3回ほど家宅捜索された人がいるのですが、なぜか逮捕されない。彼はバイオ・ディフェンス・エージェント、生物戦戦士というべき人物です。医者、細菌学者であり兵士でもある。事件に使われたのはエイムズ株という米軍が開発した炭疽菌だから内部の人の関与は間違いない。
炭疽菌の粉末を郵送された上院議員二人は、愛国者法に反対していたのですが、結局、今も誰が何のためにやったのかわからない。
生物戦は謀略戦であり、無差別テロです。誰が何のためにしたのかわからない形で伝染病を流行らせるのです。
アメリカには生物兵器に関係する仕事をしている人は軍や研究所や製薬会社などを含め20万人います。旧ソ連には25万人いたといいます。新しい病原体を発見して兵器化し、同時にワクチンを開発する。兵器化するということは、炭疽菌の場合なら、フリーズドライなどの技術を使って、数ミクロンという非常に細かい粉末にして浮遊性を高め、肺に入りやすくする。肺炭疽は、皮膚炭疽や腸炭疽と比べて、致死率が高いからです。こうした生物兵器開発の思想は七三一部隊の時から同じです。七三一部隊は満州で「流行性出血熱」のウイルスを発見しました。感染した患者は腎臓で出血するのですが、後に、遺伝子組み替え現象が起こって、より致死率の高い、肺を攻撃する「出血熱」が発見されました。これは、「ハンタウイルス」と呼ばれていますが、一説では、この遺伝子組み替えは実験室で、生物兵器として「改良」されたものが、自然界に漏れ出したといわれています。
生物兵器はローデシア独立時の内戦で使われた疑いもあります。当時、千人といった規模で炭疽病の死者が出ました。自然発生の伝染では考えられない数です。アメリカの炭疽菌事件の犯人と疑われている人物は、ローデシアの大学の医学部を出て米軍の仕事をやってきたのです。
アメリカでは50年代、驚くような実験も行われました。サンフランシスコ上空から無害といわれているセラシアバクテリアを散布するとか…。実際はセラシア肺炎の患者が12人報告され、死者も1人出たそうです。
聞き手 外国メディアは変わったのでしょうか。
西里 ある時期、ジャパン・アズ・ナンバーワンといわれて、日本の経済的成功を賛美する論調が強かった。ロボットがロボットを作る工場などの取材に何度も行きました。でも日本の栄光は過ぎ去って、今は日本離れが進み、チャイナシフト現象がおこっています。
ドイツ国営テレビ(ZDF)を例にとっても小泉首相は知られていますが、ポスト小泉候補の5人などにはあまり興味がない。
アメリカのABC、NBCの東京事務所は日本人がたった一人。CBSはTBSのサポートでスタッフの陣容は維持していますが、年に数回しか制作しない。ドイツテレビも縮小の方針です。今までは東京支局が韓国、台湾、フィリピンと南太平洋諸国をテリトリーとしていました。これからは北京を拡充して、北京から日本をカバーしようとしています。
日本からのストーリーというと、皇室やひねったサブカルチャー、例えば漫画とかコスプレなど、あとは携帯電話、ロボット、そんな話題です。
聞き手 拉致問題は?
西里 欧米の理解はなかなか難しいですね。日本は「強制連行」や「従軍慰安婦」について何一つ賠償していませんね。ドイツテレビで横田夫妻の取材をしたことがあります。その時に、言葉を選びながら「日本は従軍慰安婦や強制連行について賠償していないので、何の罪もないめぐみさんの世代が、日本の過去の過ちのつけを払わされているといえるのではないのですか」と聞いてみたのですが、「従軍慰安婦って何ですか。本当にそんなことがあったとは聞いていません」という答えでした。
聞き手 記者クラブ制度について外国メディアは。
西里 ものすごく不満があります。ずっと要求しつづけて、今は希望があれば記者会見に原則として受け入れられるようになりました。定例会見などに出たい場合、幹事社に連絡をして全員の了解を貰います。外遊前の天皇会見にも、海外メディアの代表取材が許されるようになりましたが、質問は普通1問で、数週間前に提出しなければなりません。
今は日本語ができる外国人記者も格段に増えました。
(聞き手:保坂義久)
| にわかに政治問題化した皇室典範改定問題は、一女性の妊娠で棚上げになった。なぜ政府は改革を急ぎ、保守派は強硬に女性天皇に反対するのか。天皇というポストへの就任条件を男女平等にしたような制度改革を、どう考えるべきなのか。天皇制や世襲制度から見えてくる日本について、私生子差別反対や指紋押捺拒否、ウーマンリブなど多くの運動にも関わってきた戸籍研究家で、フリーライターの佐藤文明さんに聞く。
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聞き手 皇室典範改定が急浮上し、秋篠宮妃の妊娠で議論が一気に下火になりました。
佐藤 宮内庁も内閣法制局もこんなに早くやる気はなかったのです。法制局と宮内庁はそれぞれ試案を作ってすり合わせをし、おそらく青写真はできていました。それをいつテーブルに上げるか。たまたま小泉内閣で、小泉首相はもともと女性天皇容認論者なのは、はっきりしている。他の政権では難しいから小泉政権が力のあるうちに反対派を抑え込んでもらおう、というのが法制局や宮内庁の思惑です。
小泉側も、郵政法案など一応自分の思う法案は通った。9月の任期切れに向け、政権がレームダックになる恐れがある。それを防ぐために政局に介入できる道具が欲しいのでこの問題を利用した。
聞き手 女性天皇を容認する「新天皇主義」の考え方は?
佐藤 宮内庁はもともと天皇を一つの職位と考えている。日本の官僚制は奈良時代から始まって、「天皇職」を操ってきた。明治に旧皇室典範ができたとき、天皇の側近は「女性天皇でもいいではないか」と言い続けていました。それに対し政治家の方は駄目だと言っていた。天皇の周辺は本質的には官僚で、天皇を自分たちにとって扱いやすい形にしたい。それに対して維新政府は、天皇を表に出すことで国の求心力を求めていた。
形式的男女平等と家父長制は矛盾しないのです。臨時の女帝を容認するのも家父長制と矛盾しない。戦前の民法は家父長制ですが、臨時の形態として女戸主を認めていた。
しかし今回の制度改革には、形式的平等を取らないと天皇制がもうやっていけないという危機感がある。その背景には日本社会の変化とともに国際世論があります。
アメリカはイラク侵攻のとき、民主化とくに男女平等を旗印にしようとした。そのアメリカを支援した国はどこも王族を持っている。イギリス、スペイン、オランダ、日本。他の国はまだ女王を認めているけれど、日本だけは男女不平等。そこで水面下ではアメリカから圧力がずっとあった。
戦後の憲法制定過程でも、宮内庁は女性天皇容認でした。だから皇室典範改定は、皇族男子がいないから男の天皇が途絶えるかどうかの問題ではないのです。有識者会議では「継承の安定性」だけを言っています。男子がいないという危機を改正派が利用したことは確かですが、本来今度の妊娠で議論が終わるはずのものではない。
聞き手 なぜ保守派は「女系」を拒絶するのでしょう。
佐藤 彼らは男系が天皇制の本来だと主張するのですが、実はそうではない。継体以後の王統が男系を志向したのは確かですが、初期は母系と男系の激闘の時代でした。推古から持統まで集中的に女帝が出ました。なぜ女帝が立ったかというと母系を父系に変えるためなのです。母系社会が父系社会に変わるときに行われるのが交差イトコ婚です。夫と妻が両方とも同じ出自を受けているので、その権威がどちらから来たのかが曖昧になる。それを何代も続けていれば全く不明になり、その権威が父系から来たと説明するようになる。天皇制もそうやってできたのです。
母系の氏族社会では婿入りした夫(将軍)についてきた兵は、争いになると出身部族を攻撃することになる。そうした争いを避けるために、妻と夫が出た二つの部族の中間に「宮」を建てて居住する。これが王室(王宮)の淵源で、天皇家のもととなる男系氏族があったわけではない。
推古天皇の時代、日本国家として成立するためには唐の制度を取り入れる必要があった。唐に倣って母系を父系に変えたかった。また母系社会でも武力は男が持っています。跡継ぎを誰にするかで乱が連続して起こった。それをおさめるためには唐の制度を取り入れて決める必要があった。ただ父系にはなりましたが明治維新まで長男相続ではありません。旧皇室典範は、継承制度が曖昧だと昔のような混乱が起きるので、長男相続に決めたのです。
維新を担った武士、名主、商家(豪商は養子を取ったが)などでは、それまでも男系で権威を継承していました。その人たちは欧米の市民社会を知っていましたから、個人中心の社会になることが不安だったのでしょう。自分たちの権威を系に依存している連中が明治の天皇制を求めたのです。
聞き手 その男系意識が定着、存続して保守派に受け継がれている……。
佐藤 天皇制だけでなく世襲が問題です。血で継承するときには子どもに順番をつけなければなりません。子どもの平等はそこで失われる。
明治の皇室典範を作るときに、誰を皇族と見なすのか皇族の範囲を定めたのです。そのときに非嫡出系の皇孫は皇族の範囲から排除されました。近代天皇制では、女性差別の前に子供(非嫡出子)差別があったのです。
非嫡出子差別に言及しないで女性差別だけを問題にする。女性天皇になれば男女平等になって憲法にも合致するという議論はおかしい。「嫡出男子に限る」という文言の「男子」だけが問題にされ、「嫡出」は自明とされています。しかし今日では子どもを嫡出・非嫡出で差別することは国連の人権規約でも禁止されている。
聞き手 血統といえば国籍も日本は血統主義ですね。
佐藤 前の国籍法改正で、父系制から父母両系制になりましたが、生地主義にすべきだとは誰も言わない。血統主義は侵略につながる。日本人の血を受けた二世がアジア諸国の日本企業の現地法人の社長になったりする。華僑も同じで、だから中国政府はアジア各国の批判を受けて、海外の中国人に国籍を与えるのをやめたのです。
アジアの中で日本がどうやるのかという視点がない。当時、世界中で父系制の国籍制度を変えましたが、父系制から男女両系制に変えただけの国はどこにもない。生地主義の原理を付加したり、一気に生地主義に変えたりしました。日本と韓国だけが純粋血統主義を維持した。血統主義は自明のことと法務省が言って、生地主義はアカデミズムでも議論にならなかった。天皇継承問題でも天皇制廃止論にはならずに男女平等論に終始するのと相似形ですね。
聞き手 アカデミズムもジャーナリズムも、明治以降の国家や家族制度の批判の射程が浅いように思いますが……。
佐藤 皇室典範の改定が憲法改悪と抱き合わせで出されてきたためか、ジャーナリズムの天皇制に対する切り込みは明らかに腰が引けている。天皇制の存続を疑うことなく、賛美する傾向が強まっています。
アカデミズムも同様で、論争はさながら敗戦直後の保守・革新の再現を見るようです。論争のレベルがあの時点で止まっている。でも、世界やアジアはあの時点よりはるかに進んでいます。家族のあり方や国籍の考え方など。こうした視点を取り込んで論議しないと、この国は伝統に押しつぶされてしまいますよ。
フェミニズムだけが新たな視点を提供していますが、これも天皇制の枠内でのものが多く、家族論などとうまく結合できていない。女性天皇を再評価するなど、宮廷詩人の役割を超えていない主張がほとんどです。天皇制を論じるに当たっては、女性より、さらにマイノリティーな視点が必要なのだと思いますよ。(聞き手:保坂義久、写真:瀧本茂浩)
| 国際社会での評判を気にする日本人は足元の国際問題には鈍感。在留外国人に被害者の多い犯罪「人身売買」についても長く無関心だった。ようやく政府が対策を講じ、ニュースにもなるようになったこの問題について、平塚らいてう賞を受賞した人身売買禁止ネットワーク(JNATIP)運営委員の玉井桂子さんに、人身売買に関するメディア報道、ネットワークの活動について語ってもらう。
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聞き手 日本が人身売買受け入れ国かと驚く人がいるかも。
玉井 風俗産業や3K職場で働いていることを自分で承諾していても、その人を支配する立場の人によって、物扱いされ売買されていれば人身売買の被害者です。人身売買は人を搾取する目的で暴行や脅迫、だましたりして売り買いする行為全般をさします。
被害者は渡航費、生活費の名目で理不尽な借金を負わされるケースもあります。
風俗産業を例にとると、送り出し国の田舎で女性をスカウトする、その国の首都に連れてくる、出入国の書類を作る、日本に連れてくる、空港へ迎えにいく、そしてブローカーが仕事場を斡旋するなど人身売買の過程には、様々な人たちが関与しており、その人たちが犯罪に荷担している自覚がないこと場合もある。
人身売買は利ざやが大きい。原価は少ないし、武器や麻薬と違って人は自分で移動します。
人身売買問題では被害者が加害者になりやすい。風俗産業で働かされている被害者がサバイバルするには、ひたすら働いて借金を返すか、お客さんに借金を肩代わりしてもらうか。または同じビジネスのなかでオーナーやマネージャーに成り上がる。そうした人は加害者ですが元は被害者です。
日本では加害者処罰の法律はありますが、被害者の保護施策が法律によって担保されていないことが問題です。
聞き手 この問題の報道は?
玉井 メディアにありがちな報道には3つの「シナリオ」があると思います。人身売買問題に取り組む立場から見ると、シナリオに沿ってデータを集めて報道がなされているように感じるのです。
例えば、「彼ら、彼女らは好きで日本に働きに来て金を稼いで帰っている。母国ででっかい家を建てているじゃないか」といった見方からスタートするもの。
しかしお金を持って帰った人は成功体験を吹聴しても、日本でひどい目にあった体験は語らない。
失敗して一文無しで帰った人には故郷に居場所がない。だからまた仕事を求めようとします。そこに付け込むのはブローカー。「お前、今度こそ稼がせてやるよ」と持ちかける。誰でも故郷を出るとき、自分が負け組になるとは思わない。失敗したときにそれを認めることは辛い。人身売買問題の特徴は被害者からの証言が得にくいことです。
被害者は監禁や虐待されていても在留資格がないケースが殆ど。ごく最近まで、入管難民認定法違反で退去強制になって証言する機会もなかったのです。被害がなかなか表沙汰にならなかった。そこで「何のかんのいっても日本で稼いだんじゃないの?」あるいはその裏返しで「彼女たちはけなげに頑張った」という報道がなされがちです。
二番目のシナリオは、人身売買被害者は貧しい国から来た可哀想な人というもの。でも被害者が母国を離れる理由は経済的困窮だけとは限りません。
三つ目は人身売買問題を「外圧」の結果ととらえるもの。日本の人身売買対策がここ1年ほどの間に活発になった理由は外国からの圧力によると報道されがちです。
日本国内における人身売買問題は過去にも80年代、90年代、最近と三回大きく話題になりました。これまで被害者の支援活動に携わってきたNGOからみれば、この20年間培ってきた知識と経験があったからこそ、きっかけはともあれ、世論の目が問題に向いた瞬間に即座に改善策へ向けた情報提供することができたのです。
報道量は2004年6月以降から一気に増えました。なぜ増えたかといえば、2000年にアメリカが制定した人身売買被害者保護法で世界各国の人身売買に関する取り組みを査定することになり、そのなかで先進国である日本の取り組みの遅れが指摘されたことによります。でも日本の立ち後れが指摘されたのは2004年だけでなく、前年も前前年も同じ。以前は新聞で1段で500字ぐらいの記事でした。その当時は誰もニュースバリューがある問題だととは思わなかった。04年になってニュースとしての価値が再認識されたのは一応私たちの功績かな、と思うわけです。(笑)
人身売買は複合的な問題です。グローバリゼーション、ジェンダーイシュー、移住労働、入管行政など、さまざまな問題が絡み合った結果です。どこに視点を置くかによって問題への切り込み方も変わります。
メディアの人は被害者取材つまり可哀そうなAさんの証言を取ろうと試みます。でもAさんから話を聞けるだけの人間関係を作るのに、取材する側としてどれだけ時間がかけられますか。「あなたに話をして私に何のメリットがあるの」と問い返されることもあるのでは。
聞き手 問題はグローバル化とも関わりますね。
玉井 グローバル化で人の移動が自由になり、経済格差も広がりました。その中で社会的に弱い立場にいる人たち、特に女性や子供が最も影響を受けやすい。
海外へ出稼ぎに出る人たちはかつては男性が多かったのですが、近年は女性が増える傾向にあります。なかでも、女性の場合は家事労働や風俗産業に偏っています。
誤解しないでほしいのは移住労働と人身売買はまったく別の問題です。人身売買は搾取を目的に人を売り買いするという犯罪です。その犯罪が起きやすくなる背景に、別天地に就業の機会を求める人々の欲求があり、その心を利用してはびこる犯罪なのです。
ところが、日本の人の中には、在留資格外の風俗産業で働く外国人女性に対して、日本が仕事場を提供していることがあたかも国際協力のことであるように、大きな勘違いをしている人もいます。本当に国際協力を考えるのであれば、そうした女性たちが適正な仕事につけるように、就業訓練をして自立を助ける基盤づくりを援助するのが最も大切なことなのです。帰国した被害者たちへの精神面でのケア、被害の再発を防ぐために必要なことです。
聞き手 人身売買禁止ネットワークはいつできたのですか。
玉井 2003年10月に発足しました。その年の1月にアジア財団で人身売買問題のシンポジウムを開きました。シンポジウムでは日本のNGO、在日大使館、国会議員、警察庁、国際NGOが一堂に集まり話しあいました。それまでは政府は政府、NGOはNGOで話しあっていただけです。そのシンポジウムをもとに勉強会を作りました。
でも統計資料がない。そもそも人身売買の被害者というカテゴリーが法制度の中になかった。それまでの刑法では日本から外国へ人を売る行為を処罰していただけで、日本に売られてくることは想定していません。
まず実態調査から始め、御茶ノ水大学とJNATIPが共同で調査を行いました。
JNATIPは3つの目標を掲げています。一つは実態調査。二番目は実効性のある法律を作る働きかけ。三番目に一般への啓発キャンペーン。今のJNATIPの課題は政府の行動計画が実効性ある形で運用されているのかモニターすることです。現実と理想のギャップを埋めていくことが私たちの活動です。
JNATIPはそれぞれに主義主張の異なる組織や個人が、人身売買をなくすという一つの目的で集まっています。活動からどのような成果を得たのかを振り返りながら、次の一手をどう進めていくかを常に考えています。
(聞き手:保坂義久、写真:瀧本茂浩)
| 今年1月、女性国際戦犯法廷を取材したNHK番組に対し、放送直前に政治家が介入したことが内部告発により明らかになった。しかしNHKは追跡取材した朝日新聞報道を否定、「政治家への事前説明は通常業務の範囲」と開き直った。公共放送を揺るがすこの問題は、市民のためのNHK改革への機会でもあるが、苦境に立ったNHKが政権との癒着を強める恐れもある。NHK受信料支払い停止運動を展開する醍醐聰氏に聞く。
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聞き手 番組改変が明らかになる前、NHKについては?
醍醐 メディアについて一般的な関心しかない門外漢でした。ただ何かあるとテレビ局に電話をして意見を言いました。
NHKの報道番組には、オピニオンを持たないことが中立だという悪い意味の中立性があると感じていました。
現代ではメディアの作為以上に不作為が問題でしょう。どんな報道をしたかも大事ですが、何を報道しなかったかにも注意する必要がある。怖いのは知覚しにくいバイアスです。今度の総選挙報道でも、郵政民営化問題の核心を伝えないというバイアスがかかっていたと思います。
NHKニュースでは毎日、松井やイチローの打撃成績が定番のように報道されています。特別な記録でもなければ、別のスポーツニュース枠で伝えればいいはず。しかし視聴者の関心が高いというだけで、無難な話題を選んでいるようです。
限られた放送時間の中で何を取り上げるのかは編集権の問題です。しかし編集権は報道機関内部に閉ざされるべきではありません。
週刊文春が、NHKは巨人戦放映権に他の球団の場合より1・5倍支払っているとして、NHKに情報公開請求をしたところ、個別契約については非公開として拒否されたそうです。国会で大リーグ放映権料について質問されても営業秘密を盾に答えませんでした。
しかし、NHKは視聴者から受託した受信料で成り立っています。口先だけではなく、実際の運営の面で視聴者に顔を向ける体制が必要です。
聞き手 番組改変が明らかになったときはどう感じましたか。
醍醐 ビデオニュースで放映された長井暁さんの告発会見を見ました。具体的な実名も挙がって信憑性があると感じました。問題は、番組改変の真相を明らかにするために、視聴者として、どのようなアクションを起こすのかです。
2月ごろ友人たちと10日間ほどメールでやりとりしました。そして視聴者がNHKにものを言っていくためには、受信料の支払いを保留するのもやむをえないという結論になりました。
受信料不払いではなく支払い停止としたので加わりやすいという人も多い。文化番組などを評価し、NHKを大事にしたいという人はたくさんいます。
次に議論したのは、私たちの要求がいれられたら、さかのぼって受信料を払うのかという点。最初からそういってしまうと、いずれは払ってくれるだろうとNHKが高をくくってしまうのでは、という意見もありました。しかし私たちはNHKが双務契約上の義務(公共放送としての責務)を履行していないことを理由に受信料の支払いを保留するわけですから、NHKが納得のいく対処をすれば、さかのぼって払うということにしました。
放送法では受信機を設置した人はNHKと受信契約を結ぶ義務があるとしています。受信料の支払い義務ではありません。受信料は税金のような性格ではなく、民法上の契約です。放送法ではNHKに対する視聴者の権利は明記されていません。しかし私たちは、放送法に則った契約が履行されていないと抗弁することは可能だと思います。
聞き手 要求項目は政治家への説明の禁止ですね。
醍醐 最初に掲げた項目は運動参加者との合意として大事にしたいと思います。私たちは政治家に番組の事前説明をすることを通常業務とした見解を撤回し、そうした事前説明を禁止するよう、NHKの倫理・行動憲章に明記することを求めています。
幾人かの視聴者の方から、NHKが支払い督促をしてきたらどうするのかという質問を受けています。そこで、私たちの会は、支払い督促への対処法をQ&A形式でまとめ、会のホームページに載せています。
しかし実際には、NHKに不満があるからといってテレビを撤去する人は少ないので、受信料を払わないことに負い目を感じる人もいます。この点で、視聴者はチャンネルの選択に関して、民放とNHKの間に非対称性があると考えられます。私たちはある民放局が気に入らなければその局だけ見ないことは可能です。しかしNHKが気に入らなくて契約を解除するとなれば、テレビごと手放さないとNHKへの受信料の支払い義務は続くことになる。NHKだけ見ないという選択はできない仕組みになっているわけです。
聞き手 国会で予算や人事を審議しているから、NHKには国民の意見が反映されているという建前なのでしょうね。
醍醐 国会ではどうしても政党のフィルターを通る。NHKは予算を通すことを優先させるため、与党の意向になびきがちになります。そのため、予算に限らず番組内容についても与党に説明するのが日常的になります。『週刊金曜日』の議員アンケートで明らかになったように、野党には個々の番組内容の説明はしていません。これでは国民の多様な意見が反映されているとはいえません。
聞き手 将来的にはNHKはどうあるべきでしょう。
醍醐 個人的には予算の国会承認制はやめるべきだと思います。今の経営委員会のままでは問題ですが、予算は経営委員会の承認制でいい。
視聴料もNHKのみに配分するのではなく、民放の報道番組を含め、公共性のある番組の財源に充てることができるようにする。8月に開かれた「放送を語る会」の集会で、あるNHK・OBの方が受信料をNHKが独占するのはもう限界だと発言されたのを聞いて、考えさせられました。
民放でも報道番組にはスポンサーをつけないほうがよいと思います。私は通信行政の審議会委員をしていました。規制の変更をめぐる審議が大詰めを迎えた時期になると、NTTグループ各社の全面広告が新聞各紙に連日掲載されました。
聞き手 支払い停止運動は、NHKやメディアの公共性を問い直すきっかけと思えます。
醍醐 これまでのメディアの公共性の論議はやや観念的だったと思います。問題が起こるたびに一過性の議論がされて終わりという繰り返しでした。メディアが公共性を果たす上で、実際にどういう障害があるのか、根本的な検討をしていかないと現実を変える力にはならないと思います。
そのためにも、視聴者一人ひとりがもっと声を上げていくことが重要だと感じています。
運動には適時性と周知性が欠かせません。特に、周知性という点では、私たちが支払い停止運動をやっていること自体を、もっと広める必要があると痛感しています。
聞き手 政治とNHKの癒着が、朝日新聞報道の問題にそらされてしまいました。
醍醐 朝日新聞の自己検証も問題です。取材に詰めの甘さがあったといいますが、これからは政治家に一対一で取材した内容を、報道した後で前言をひるがえされるたびに謝罪するのでしょうか。これでは政治権力を監視するジャーナリズムは滅びてしまうと思えます。
長い目で公共性について考えていくのも大事ですが、今回のETV特番改変問題は、今まで隠れていたNHKと政治の関係を明るみに出しました。これを改革のよい機会にすべきだと思います。
(聞き手:保坂義久、写真:瀧本茂浩)
| 「憲法改正」を掲げた政党が長期政権を続けながら、改憲が政治日程に上らなかった戦後。しかし今や、自民党は「現憲法の改正」どころか「新憲法制定」を前面に押し出し、新しい国家づくりを目指している。この状況下、憲法を獲得するために闘ってきた人びとから得るところは何か。ジャーナリストはどこを現場として、何に立ち会うべきなのか。
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聞き手 今の改憲の動きは、つまり九条を変えたいのだとも思えますが。
田中 「改憲」の目的は、単に9条を変えるだけではなく、その射程はもっと長い。戦後国家の在りようを根底から変えようというのが狙いです。それは自民党の改憲案が「新憲法」となっていることに端的に表れています。国家権力の側にとっての敗戦後から今日までは、ずっと国民国家の再編成過程だった。国民国家の最終的な狙いは「国のために死ねる国民」をつくることです。それは「国のために他者を殺す国民」をつくることと同じです。
日本の場合、敗戦によって「天皇のため/国のため」という「国民意識」は崩れました。しかし支配層は、冷戦を奇禍として国民国家の中心である国家の物理的暴力装置の軍事力を獲得した。続いて「国民」づくりのさまざまな装置の復活・復権に乗り出す。手始めが、戦没者を英霊として祀る靖国神社の国家護持と「建国記念の日」です。
先に制定されたのが、2月11日の旧紀元節に当たる「建国記念の日」でした(1967年実施)。しかし「靖国法案」は、74年まで5回提案され、結局潰れます。その後79年には、天皇一代に一元号という元号法が制定され、国家の側が「国民」の生きる時間軸を、天皇の時間で支配するということになりました。
さらに99年の国旗・国歌法によって、権力は教職員の身振りを通して子どもたちを国家に服従させる装置を手に入れました。こうして戦後国家は「国民化」のための重要な装置を、じっくり時間をかけて再編成してきた。
現在の支配的な政治勢力が構想しているような改憲の方向性は、「国民」を国家に服従させるような内容です。もしそうなれば、国民国家再編は第二ステージに入る。それは国家権力が、改悪された憲法を実践していく段階です。
聞き手 現代の世界では、国民国家にならざるを得ないのでは?
田中 日本国憲法は国民国家に当然認められていた物理的暴力装置とその行使を放棄しただけでなく、個人の尊厳を基本に、あらゆる人権を完全に保障する「非・国民国家」、「人権国家」を目指しています。
憲法前文から導かれる平和的生存権は、日本国民だけでなく少なくとも東アジアの民衆の権利です。憲法を考えるには国民国家を超える論理と想像力が欠かせません。
聞き手 現実には国会で護憲勢力はわずかになってしまった。
田中 「護憲」という言葉には以前から違和感を持っています。憲法の保障を実行すべきなのは、国家権力の側なのですから。私たちは憲法内容を獲得し、それを国家に実現させるよう求める。むしろ「護憲」は国の責務です。
世論調査では、九条の堅持と自衛隊容認が同居し、しかも自衛力については現状維持が多数を占めます。この捩じれは何十年も変わらない。実はそれが、自衛隊を世界有数の「軍隊」に押し上げ、今や海外派兵をするまでになった。これが「護憲運動」の現実で、これでは戦争国家化の流れは変えられない。
1972年に公務死した自衛官が、クリスチャンの妻の拒否を無視して、護国神社に合祀される事件が山口県で起きました。強制合祀に関与したのは自衛隊などでした。そこで妻は訴訟を起こした。
重要なのは、国は合祀について遺族の了解を前提にしておらず、祀るのは当然だという国家神道時代の考え方が、敗戦から25年たっても生きていたという事実です。
原告の中谷康子さんは、国家に、生きる上で最も大事にしている信仰が踏みにじられたから訴えた。憲法があったからではなく、精神的領域に国家が侵入してきたから、異議を唱えたんです。
自分の生き方は国家ではなく、「私」が決めるという中谷さんのような市民の登場は、敗戦以降です。人間の尊厳を確立する人たちこそ国家から自由になった市民です。それが憲法を自ら獲得する人びとで、そうした市民が歴史を動かしてきたのです。
聞き手 自民党改憲案は24条(婚姻における両性の平等)も信教の自由も見直そうなど復古調ですね。
田中 自民党の「新憲法草案第1次案」では出ていませんが、そうした考えの主張自体、「克服されざる過去」を思わずにはいられません。
一つの例は、「墨塗り教科書」です。敗戦直後、国家が戦争責任の追及から逃れるために、軍国主義や「現人神(あらひとがみ)天皇」などを教えた教科書の当該箇所を子どもたちに墨で消させた。だが、なぜ墨塗りなのかは教えなかった。だから教科書から「靖国」は消えても、戦争動員装置として機能した役割は、戦後教育では語られなかった。これでは「過去の克服」はできません。
聞き手 この状況にはメディアにも責任がありそう。
田中 情報報道機関としてのマスメディアへの期待は全くありません。国家権力化したマスメディアは、かつても今も戦争を支え、推進する装置です。以前は、少しはあったメディアとジャーナリズムの境界も消え、ジャーナリズム自体が権力化している。市民はそれに気づいています。その中で、個々のジャーナリストがどこまで権力との緊張関係を持って、批判し続けられるか。中には勇気と希望をつなぎとめてくれる記者もいて、励まされこともありますが、全体的には厳しい。
どうすればいいのか。少なくとも、最低三つのことが言えます。感情やイメージに流されないで、論理の射程を伸ばす。想像力の翼を広げる。さらに歴史認識を鍛える。
けれどもマスメディアにおけるジャーナリズムの論理と想像力の射程の短さ、歴史認識の欠落は無惨です。たとえば靖国問題でも「中国、韓国が文句をいっている」というレベルです。問題の本質は個人の心を侵害する国家神道の継承です。
またかつて九条を邪険に扱ったタカ派議員だった北海道の箕輪登・元防衛庁長官が、イラク派兵差し止めの違憲訴訟を起こした。これをどう書くか。まさにマスメディアのジャーナリストの論理、想像力、歴史認識が試されるニュースでした。
違憲訴訟を起こした箕輪さんの戦争体験や歴史認識はどうなのか。国防族やタカ派というのはどういう存在の政治集団なのかなどを掘り下げるチャンスでした。それが現場にこだわるジャーナリズムです。しかしそのような記事は、マスメディアの中には見当たりませんでした。
裁判でも記者たちが法廷に来るのは最初と終わりだけ。報道席はいつも空いています。「現場の不在」です。
市民集会を取材する記者も少ない。ジャーナリズムはもっと「市民の現場」に行くべきです。そこから国家権力化の歯止めの知恵や覚悟が生まれるのですから。
聞き手 ジャーナリズムの弱体化は最近のことでしょうか。
田中 厳密には敗戦後ずっとそうだった。しかし冷戦後に起きた湾岸戦争と日本経済のグローバリズム化が大きなターニングポイントになった。あのころからマスメディアの市場原理主義が顕著になった。
かつて小選挙区制度が国会で否決されて、株価が下落した。その時、ある高名なニュースキャスターが国会の否決に「市場がノーと言っている」と断定したシーンは忘れられません。まさにジャーナリストの国家権力化を表象していました。
確かに一人のジャーナリストができることは、限られています。同時に何事も一人からしか始まらないのです。
(聞き手:保坂義久、写真:瀧本茂浩)
| BSデジタルの赤字は1000億円といわれる。さらに総務省の政策で地上波デジタル放送を強いられた放送界はどうなるのか。また多様な言論を実現するはずの多チャンネルは一向に市民のものにならない。アメリカの議会中継放送C―SPANを参考に国会中継TV局を立ち上げた田中良紹さんは、「正しい報道」があると幻想する市民を生み出した日本の既存マスコミの体制を、金融や道路公団などと同様に、すでに立ちゆかない「旧体制」だと指摘する。
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聞き手 日本のジャーナリズムはメディアの制度的特質に規定されているように思えます。
田中 戦後の政治は分配の政治でした。高度成長の成果をどう分配するかを調整する。その典型が田中角栄氏です。田中派はロッキード事件後も政権を裏から支えて権力を保ちました。
特定郵便局が増えたのは田中政権の時。それが自民党の集票マシーンとして働く。また郵貯は財政投融資の資金となり、その分配を握ったものが力を持つ。
マスコミは書きませんが、田中氏が作り上げたもう一つの仕組みが、電波行政と新聞社―放送局の系列関係です。
田中氏は放送免許の大量発行で新聞社を取り込み、メディアの統制を目指しました。
聞き手 戦後すぐからではないのですか。
田中 日本テレビは読売新聞社が作った。でも2番目にできたTBSは電通を中心に毎日・読売・朝日が同額出資したのです。朝日新聞はすぐには放送局を持とうとはしなかった。そのころはまだ健全でした。
世界で放送局と新聞社が系列関係にあるのは日本だけ。これでは相互批判が生まれません。
日本では新聞は最初から部数主義を目指していた。数百万部という部数はクオリティーペーパーではありえない。
私たちが提携しているアメリカのC―SPANという放送局は、「自分の頭で考えている人は全体の10%。その10%を対象とする。新しい価値は少数の10%から生まれる」と言っています。
聞き手 放送局の視聴率至上主義も顕著です。
田中 今では信じてもらえないでしょうが、私が放送局の報道にいたころは「視聴率に左右されるな」と言われました。娯楽番組を作る人が「金は俺たちが稼ぐから、君らはいい番組を」という雰囲気でした。それが変わったのは80年代からです。
民放3局目のフジテレビが取り入れたのが、スポットCMです。番組を提供するのではなく、その時間がどれだけ見られているのかで価値が決まる。同時にフジテレビは全日視聴率も大々的にアピールしました。それまでのテレビはゴールデンタイム、プライムタイムで稼いでも、昼の時間などは教養番組などを編成していました。
今はニュースも大衆に受けようとする。どの局もラーメンだ、北朝鮮だと同じになる。
かつての北朝鮮報道でも、拉致被害者が北朝鮮でどうしていたか全く取材していないで、被害者たちが今日どこへ行ったというニュースがトップに来たりしました。そうした報道では大衆のニュース感覚がおかしくなります。
聞き手 NHKも視聴率重視です。
田中 受信料不払いが止まらないのは、自民党におもねたからというより、民放と同じような放送になぜ受信料を払わなければならないのかと視聴者が感じるからでしょう。年配の政治家と話すと「民放と同じNHKに金など払いたくない」と言っていますよ。
NTT民営化のころに政治の世界では、NHKの民営化と国営化の二つの意見がありました。民営化論は中曽根氏らで、中曽根氏は瀬島龍三氏の「NHKを戦前の同盟通信のような存在に」という意見の影響を受けていた。NHK内部ではすでに民営化で労組とも合意ができていました。一方で梶山静六氏らを中心に、娯楽などを切り捨てて国営化という意見もありました。
ところが結局、どちらもせずに、系列に営利目的の子会社を作ることだけが認められました。その時から電通にNHK相手のセクションが作られ、営利事業で稼ぐ体質になりました。
NHK本体の予算が6千億円台、系列の売り上げが3千億円。子会社に収益を上げさせてそこに幹部が天下る。道路公団と一緒ですよ。不祥事が続きましたが、あれでは職員に公金意識はなかったでしょう。
聞き手 たしかNHKはBSの受信料で潤ったのですね。
田中 BS放送の大義名分は離島や山間地に電波を届かせるための難視聴対策でした。ところが始めてみたらBS1、BS2という別な放送です。
自分たちでは制作しきれないから外部のプロダクションを使うようになります。
世界でBS放送をやっているのは日本だけです。アメリカでも放送衛星を打ち上げる計画はありましたが、通信衛星(CS)でも放送できる見通しが立って、放送専用の衛星は打ち上げませんでした。
聞き手 なぜNHKはBSにこだわったのでしょう。
田中 NHKはハイビジョンをやりたかったのです。デジタルは多チャンネルの技術で、画質を良くするものではない。本当に画質の良いテレビはアナログです。でも世界はアナログのハイビジョンに向かわずにデジタルに向かった。
もう一つハイビジョンを推進しているのは日本の電機メーカーです。日本の電機メーカーはアメリカで言えば軍需産業のようなものと考えればわかりやすい。
聞き手 日本ではCS放送は存在感が薄いのですが。
田中 日本ではBS放送に視聴者がつくまでCSを打ち上げませんでした。まずそこにハンディキャップがあります。
アメリカではケーブルテレビやCS放送などは、今までの放送とは全く別の事業者が行う。3大ネットワークがCS放送もやるということはない。ところが日本では既存の放送局が仕切ろうとします。
衛星放送では衛星を打ち上げる受託衛星事業者と、衛星を利用して番組を送る委託放送事業者に分かれます。その中間にプラットフォームという会社が入る。宣伝や集金をする企業です。日本ではディレクTVが撤退して、スカイパーフェクTV1社になってしまいました。
立ち後れたCS放送ですがBS衛星と同じ方向に通信衛星を打ち上げる110度CS放送が始まれば盛り返せるかと期待されたのです。
多くの委託事業者が名乗りを上げました。私のやっている国会TVも免許申請しました。ところが直前になって、5チャンネルまとめた事業者しか申請できないと「天の声」があった。郵政族のドンの野中広務元幹事長に恐らく大マスコミが働きかけたのでしょう。これでは小さな事業者は諦めざるを得ない。
民放は外部制作会社に番組作りを任せ、社内の制作能力が失われています。制作会社が自立してCSで放送を配信しようとするのを、放送局は嫌います。
また日本のCSではベーシックチャンネルという方法を採りません。ドキュメンタリー専門チャンネルなど最初は視聴者がつかないチャンネルも他の娯楽チャンネルとパッケージで契約する仕組みであれば、分配金が入って存続できます。日本では個々の番組の自由選択制だから、ポルノと映画のチャンネルが30何チャンネル並ぶということになる。
日本は裏で新規参入を阻止しようと規制して表面は自由といいます。アメリカでは4%は公共的なチャンネルを入れなければいけないというルールを定めます。
聞き手 ライブドアの試みはどう思いますか。
田中 フジテレビにいいソフトがあるからインターネットで流すというのなら販売業者の発想で新味はないでしょう。本当のイノベーターはコンテンツ制作、もの作りの側から出てくるのだと思います。
(聞き手:保坂義久、写真:瀧本茂浩)
| 「高血圧で必ずしも脳卒中にならないかもしれないが、発作を起こさないために血圧コントロールは必要。鉄道事故も会社全体の体質を変えなければ事故の危険性は減らない」とJRや交通問題に詳しいジャーナリストの立山学さん。JR西日本福知山線事故は事故後のJR社員の行動に対する批判、記者会見での新聞記者の「暴言」など、過熱・迷走気味だ。事故の背景にあるものは何か。ジャーナリズムのすべきことは何か。
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聞き手 尼崎の列車事故の報に、まず何を思いましたか。
立山 JR西日本は、余部事故、信楽高原鉄道事故を全く教訓としていない。教訓にしていたら信楽の事故は避けられた。
私が鉄道事故問題を取材した最初が、この余部事故。国鉄が民営化される直前の事故で、山陰本線の名所の余部鉄橋からお座敷列車が転落して、下の住民5人と車掌1人の命が失われた。
信楽高原鉄道事故は、第三セクターの列車とJR西日本のイベント列車が正面衝突して死者42人を出した大事故。検察はJR西日本の責任を追及しなかったが、遺族が民事裁判に訴え、JR西に責任ありということを明白にした。
今回の尼崎事故の前から、以上のように、死亡事故が連続して起こっていて、事故に注意せよという「赤信号」は灯っていたのにJR西の経営者はそれを無視した。
聞き手 事故が起きて労務管理なども問題にされています。
立山 国鉄時代には「安全綱領」があって、職場に貼ってあった。鉄道員は、危ないと疑われる時には、事故が起こらないように最善の行動をするよう安全綱領に明記され、それに沿った鉄道員教育がされていた。
安全のために電車を止めて、ダイヤより遅れたからといって、運転士の責任が今のように問われることはなかった。その心配もなかった。
それが変わりだしたのは、国鉄民営分割政策が出てきてからだ。この政策は、安全を無視して9万人の国鉄職員のリストラを打ち出した。
当時、私は磯崎元国鉄総裁にインタビューした。マル生運動で合理化を推進した磯崎氏だが、「自分は鉄道屋だ。これ以上合理化すると安全運行にマイナスの影響が出ると思って退却した。運輸省の官僚は鉄道事故の怖さがわからないから、危ない合理化を進めている」と言っていた。
合理化の本場のアメリカのサザン鉄道の社長も、鉄道は独自の企業文化があって安全を支えているのだから、それを壊すようなリストラはできない、と言っている。
国鉄の「安全第一」の意識と伝統を目の仇として、これを崩すために取り組まれたのが、国鉄民営分割化の過程での「意識改革」キャンペーンだった。
儲け第一より「安全第一」だということにこだわる国鉄マンは、意識改革ができていないとして、新会社(JR)への採用を拒否された。無事故永年勤続で表彰されたべテランの運転手でも、安全闘争をやる国労などの組合員らは不採用になり、警察沙汰を起こしたものでも国労を脱退すると採用された。
「安全第一」意識から「利益第一」意識へ鉄道員の意識を変えるように強制するために「人材活用センター」というものが、国鉄からJRへの移行期に国鉄内に設置された。その収容所の伝統と「いじめ」のテクニックがJR西に引き継がれ、電車を少し遅らせた運転手には、日勤教育といって、草むしりをさせている。あれは「人材活用センター」のJR版ですよ。
政府・JRが本当に事故の反省をして、再発防止に取り組むというのなら、意識改革的な「安全第一の鉄道員」を排除する労務政策を転換すべきだ。その証として、まず不当労働行為で首切りした1047人の名誉回復・権利侵害のつぐないを政府はすべきだ。
聞き手 マスコミでも分割民営化を問う論調は稀です。
立山 「事故を起こしたら莫大な損失が出るから、民間会社になったら、経営者はもっと安全対策に努力する」と松田昌士JR東日本会長は書いている。
それは詭弁です。
私鉄とJRの競争は、安全性を高めるのではなく、安全を犠牲にしスピードアップする競争になっている。安全切り下げ競争です。しかも、事故を起こして、弁当屋さんなら営業停止、廃業にできるが、公益性の高い鉄道は廃業にできない。
だから、市場原理では、事故防止対策強化にはならない。事故防止についての高い使命感が、鉄道経営者には必要です。それと社会の側からの安全監視・安全要求、職場安全運動の強化が重要です。
世間と職場からの安全運動が強くならないと、経営者といのは、安全重視のふりをするが、中身は、手抜きする。
この事故の真相究明には国鉄民営化問題の検証に踏み込むべきです。
国鉄民営化路線全体が、破綻してきている。
その名分はこうだった。(1)膨大な債務を処理する(2)政治家介入の利権鉄道建設の排除(3)労使関係の正常化(4)効率的鉄道経営の確立(5)生活の足の保障です。
全て未達成です。 (1)長期債務処理に失敗し、国民負担分は最大化している(2)利権の整備新幹線建設は続行です(3)労使関係については、不当労働行為問題は未解決で、職場はますます荒廃している(4)ローカル線は廃止の危機に直面している(5)効率的経営の確立は、短兵急に追求しすぎて、事故を起こして、根底からの見なおしが迫られています。
民営化そのものが、失敗だったというべきだ。しかし小泉内閣は、ますます「民営化、効率重視は善だ」ということを強調している。それをマスコミが後押ししてきた。
だが「効率重視、安全軽視」の風潮が、国鉄から他の産業にも広がって、他産業の事故も増えている。関西電力の原発事故、あるいは三菱自動車の事故など、日本の大企業で事故や事故隠しが頻発している。
民営化、効率化の一番の悪影響はモラル破壊ですね。昔の経営者は、事故を起こしても、いまのように、事故隠しなどはしなかった。そういうことは恥とするサムライが多かった。
「民営化幻想」をマスコミも煽ってきた。国鉄民営化の場合は、汐留操車場跡地を、国とデベロッパーとマスコミとがつるんで再開発した。汐留の土地は百年に一度しか出ない一等地だ。これを超割安の値段で大マスコミは手に入れてビルを建ててている。マスコミの報道姿勢の背景にはこの問題がからんでいると私はにらんでいる(この問題については、「国鉄民営化問題研究会パンフ」300円に詳しく述べている)。
聞き手 JR西の経営が批判されています。
立山 JR西の柱は新幹線とアーバンネットワークだ。兵庫県の三田市は日本一人口が増加している。そうした利用者の増加した路線、そこで、安全を軽視して私鉄とのスピード競争にJRは走って、私鉄に勝ったが、事故を起こして、結局は敗北した。
このJR西の経営方針を決めてきた井手正敬元会長の責任は大きい。
国会は、彼を喚問すべきだ。
聞き手 事故の報道に対して批判も高まっています。
立山 事故を取材することは、責任を伴うと思う。再発防止責任だ。どれだけ継続して警告を発していけるのか。
信楽高原鉄道の時、新聞記者たちと私は、言い合いになった。記者協定だといって現場からフリーの私を排除しようとした。私は、彼らに「あなたがたはいつまで取材するのか」と言った。結局、3日でいなくなった。私はあれから18年間取材しつづけているが、事故を阻止できなかったことが残念だ。
今の報道は「棺桶取材」。棺桶が並んでいるうちだけの報道だ。事故が起こってしまったら、ジャーナリストにとっては敗北なんだよ。
事故の原因を伝え、安全重視の世論を作る責任がジャーナリストにはある。
安全は目に見えない。安全を守るため地道に努力している保線区員など多数の人がいて安全が維持される。
事故の時だけではなく、平時の地道な安全努力を世に伝えないのもいる。彼らのことを伝えるのがジャーナリストの務めではないのか。
新幹線についても活断層の多い日本で、これ以上高速化が必要なのか、むしろ、橋脚やトンネルの安全を確保することの方が重要ではないか、という視点で検証する必要がある。
(聞き手:保坂義久)
| 島根県の「竹島の日」制定の条例や「つくる会」の歴史教科書採択をきっかけに、韓国では反日運動が高まっている。NHK番組改ざんの根底にある歴史認識の問題、教育現場での「日の丸・君が代」強制は、次第に復古調を強めていく自民党の改憲案と深い関わりをもつ。高橋哲哉さんは、改憲反対の運動は戦後民主主義の価値、とくに「精神的自由」も重視すべきだと説く。
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高橋 3月30日にソウル大学に招かれ韓国文化研究所で講演しました。半年前からの予定で、まさかこんな緊張した状況で訪韓することになるとは思いもよりませんでした。
韓国は6回めです。当然、歴史問題について話すことを求められることが多かったのですが、今回はあえて少し視点を変えて、「精神の自由と日本の民主主義」というテーマを掲げてみました。
植民地支配や侵略はなぜいけないのか。それらを不正と見なす価値観が前提として共有されていなければ、歴史観も共有できない。自由、平等、平和という民主的な価値が共有されていなければ、「植民地支配は強者の権利だ」とか、「近代化させたんだからいいじゃないか」などという話にもなりかねない。歴史認識の共有のためにも、真に民主的な価値観を共有する日韓の市民で連帯していくことがとても大事なのではないかと提起しました。
日本国憲法と大韓民国憲法を比較すると、日本国憲法では19条、20条、21条、23条に「精神の自由」を保障する法文が並んでいますが、韓国の憲法でも第19条は良心の自由、第20条は宗教の自由と政教分離、第21条は表現の自由と検閲の禁止、第22条は学問・芸術の自由を定めており、とても似ているのです。
この事実を指摘して、日本ではこうした「精神的自由」が危険にさらされていることを話しました。分かりやすい例としては、第19条では、東京都の教育現場をはじめとする日の丸・君が代の強制。第20条では首相の靖国神社参拝。第21条ではNHKの番組改変問題があります。
昭和天皇と日本政府の戦争責任を明確にした女性国際戦犯法廷を取り上げたNHK番組「ETV2001」では私も出演者でした。政治圧力により、共演したカリフォルニア大学の米山リサさんのコメントが大幅に削られ、発言の意味すら不明になってしまったのは、言論の自由、学問の自由の侵害ともいえます。
憲法で保障された「精神の自由」が脅かされる事態が立て続けに起きているのはなぜか。多くのケースが天皇制に関わるのですね。
日本国憲法が第1条で天皇制を残したことについては、これまでそれを問題にすると改憲の呼び水になるなどとして問題にされなかった。
天皇制はアメリカの占領政策のもとで、日本の非軍事化と引き換えに残されましたが、そのことで大日本帝国の権力構造がかなりの部分温存された。冷戦の激化とともに第9条も空洞化されていった。そう話をしたのです。
聞き手 韓国人の反応は?
高橋 コメンテーターの一人はソウル大学のカルチユラル・スタディーズの研究者で、韓国民の反日感情を政治的に動員しようとする動きには警戒すべきだと指摘していました。
もう一人のコメンテーターは中国文学の研究者でした。植民地主義は植民地解放で終わるのではない。台湾では外省人が内省人を、内省人が先住民族を「植民地支配」する構造が今も存在しており、ポストコロニアルな状況は単純な加害、被害の関係では捉えられないと発言していました。研究者レベルの議論は、日本とあまり変わらない。
発言を求めて演説を始めた聴衆は右翼団体代表で、女性のキリスト者でした。私の講演に対しては「アメリカに対して批判的なのが最大の問題」と語っていました。韓国でも在韓米軍による被害問題が深刻ですが、右翼の考え方は「反日・親米」なのです。
韓国は「親日派」の系譜を注ぐ軍事独裁政権を倒して民主化しました。民主化の進展とともに言論も非常に多様化していますね。
この多様化した社会の特にどの部分と私たちは連携を強めるべきか。今回の訪問で一番感じたことです。
聞き手 日本では「精神の自由」への抑圧と平行して、改憲の流れが進んでいます。
高橋 自民党の改憲案は昨年の『論点整理』、改憲草案『大綱』、今月提出された新憲法起草委員会『要綱』と、その本質がほぼ明らかになっています。
『要綱』では現行憲法の3原則(国民主権、基本的人権、平和主義)を「維持・発展」させるといいながら、これら原則に対する「誤解」から戦後日本社会の退廃が生まれたとして、「国柄」という原理を持ち込みますが、結局は民主的な価値を後退させることにしかならない。
たとえば第20条の政教分離は、全面否定は不可能ですから、社会的儀礼や習俗・文化的な行事に属するものは宗教的活動であっても許容すると、首相や天皇の靖国神社参拝の合憲化を図っています。
90年代初めの岩手靖国訴訟・仙台高裁判決で、首相と天皇の靖国神社への公式参拝は違憲と断じられました。昨年の福岡地裁も憲法判断では違憲でした。これまでの靖国訴訟の多くは憲法判断を回避していますが、確定した判決5つのうち合憲の判断は一つもない。違憲が2つ、「違憲の疑い」が1つ、「繰り返せば違憲」が1つあります。こうした違憲判決の根を絶つのが、改憲案の狙いです。
国家神道を宗教ではなく「国民道徳」だとした戦前・戦中の考え方に近くなる。
国家神道を「国教」とすると仏教界やキリスト教徒からの批判があるので、国民道徳という形をとって宗教界を国民動員に巻き込んでいった。
戦前回帰を思わせますが、日本社会で神社参拝といえば、近所のお稲荷さんを拝むこと、七五三や初詣でと同様にイメージされ、参拝は宗教的行事ではないという主張が受容される危険は大きい。
70年代に国会提出された「靖国神社法案」は宗教界・民主勢力の粘り強い反対で廃案になりましたが、あの時代と同じような対抗運動ができるのか、危うい状況です。
第24条の問題も重要です。『論点整理』では「個人の尊厳と両性の本質的平等」の原則を「家族と共同体の価値を重視」して見直すとされ、『大綱』では社会の最小単位は「家庭」であると定義づけられている。
「個人の尊厳」よりも「家族」という共同体的な価値を優先させる動きの背景には、ジェンダーフリーバッシングや男女共同社会参画法に基づく行政的施策の後退、教育基本法「改正」の動きと関連した性教育攻撃や男女混合名簿の廃止があります。
聞き手 教育基本法「改悪」は説得力を持つでしょうか。
高橋 昨年秋の共同通信の世論調査では59%の人が教育基本法改正に賛成だと言っている。その理由で最多数を占めたのは「現在の教育に対応できていないから」というものでした。長崎や佐世保で起きた少年事件に対する保守派のキャンペーンが効いたのか、そういう誤解が市民の間に広がっている。現在の教育に対する社会の不信は非常に強い。
聞き手 ジャーナリズムも教育や「精神の自由」の危険には感度が鈍い?
高橋 敗戦後60年たつ。その間に2世代経過し、ジャーナリストでも若い人になるほど今の状況が危機的だといわれてもピンと来ない人が多いのではないか。
韓国では80年代の民主化闘争で民主主義を自分たちで手に入れたという実感がある分、運動にも活力がある。日本では敗戦で民主主義が転がりこんできた。闘って勝ち取ったわけではないから危機感も薄いのでしょう。
国旗・国歌への強制反対運動を「教師のわがまま」ととらえたり、首相の靖国参拝も「戦死者の追悼ぐらいいいではないか」と思う人が多い。
戦後民主主義の意味が大きく問い直されている今こそ、9条平和主義だけでなく、精神の自由や民主主義の本質論からも憲法価値の実現をめざしていく必要があります。
(聞き手:瀧本茂浩、保坂義久)
| 1945年6月19日、雨と風が荒れ狂う太平洋上を、爆弾を搭載した3機の特攻機が沖縄近海を目指していた。敵のレーダーをかいくぐるために、高度20メートルの海上を低空飛行する。時速300キロ。と、操作を誤った先導機が、海面に機体をこすり、それから空中に跳ね上がって真っ二つに分解した。後方を飛行していた2機は高度を上げると、機首を北に旋回させて引き返した。その日から約60年。日本でおそらく唯一の特攻出撃の生き証人・松浦喜一さんが戦争を語る。
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松浦 わたしが鹿児島県の万世基地から特攻に出撃したときは、戦況が極めて悪化していました。ですからだれかが特攻出撃しなければ米軍の北上を防ぎようがないという使命感がありました。ただ、命を犠牲にして守ろうとしたものは、国家や天皇ではなくて、自分の家族や愛する人々でした。出撃前は、国家や天皇を守るために命を捧げるのだと考えていましたが、いざ特攻機で敵に向かって飛行する段階になると、脳裏に浮かんでくるのは、自分の家族や愛する人々のことでした。
聞き手 死に対する恐怖心はありましたか?
松浦 それはありませんでした。ただ、先頭を飛んでいた特攻機が、暴風雨の中で海に墜落したとき、搭載している爆弾が破裂して自分も巻き込まれるのではないかという恐怖を感じました。
聞き手 墜落の後、隊長機はなぜ引き返したのでしょうか?
松浦 おそらく隊長は悪天候で自分が飛んでいる位置すら分からなくなり、標的としている沖縄近海の敵艦隊までたどり着けないと判断したのでしょう。わたしが操縦している特攻機までが嵐のために墜落するのを恐れたのでしょう。
しかし、隊長は「特攻から引き返したら生きていけない」という気持ちがあったようです。海に爆弾を捨てて、方向転換したのですが、隊長機の飛行方角が明らかに誤っていたので、わたしは何度も隊長機を追い抜いては、誘導しました。しかし、隊長機はなかなかわたしに従おうとはしませんでした。なんとか2機とも基地へ戻りましたが、おそらく隊長は海上で自決するつもりだったのではないかと思います。
それから2カ月後に戦争は終わりました。わたしは除隊となり、親戚がある長崎を経て東京へ戻りました。
ちなみに隊長は終戦から数年後に若くして亡くなっています。推測になりますが、「引き返した」という自責の念が肉体をも蝕んでしまったのかも知れません。優秀な軍人であればあるほど、精神的な苦痛も大きかったはずです。
聞き手 特攻出撃の命令はどのように出されたのですか。
松浦 最初、6月8日の午前5時に出撃せよという命令を前日に受けました。しかし,当日、わたしが操縦する特攻機はエンジンがかからなかったのです。それで出発が延期になり、次に6月19日の朝、午前3時に出撃せよという命令を受けました。戦争末期になって日本の指導者たちは「一億総特攻」という言葉でわたしたち隊員に呼びかけ、「決してお前たちだけを死なせはしない、わたしたちもお前たちの特攻に続くものである」と言っておりました。しかし、それを実行したのは、若い隊員だけでした。参謀とか軍司令官などの上級将校は、特攻を命じただけで、彼らの中で「一億総特攻」を実行したものなどひとりもいません。何千人という特攻戦死者を見捨てて自分たちは生き残ったのです。今も昔も戦争をする人たちは、自分たちが戦うのではなくて、若い兵隊という認識しかありません。イラクに自衛隊を派兵した人達も、かつての将校と同じような考えではないでしょうか。
聞き手 松浦さんにとっての戦後とはなんですか?
松浦 戦後は、焼け野原の中で普通の生活を取り戻すことで精一杯でした。だから過去のことはあまり考えないで生きてきましたが、昭和58年ごろに特攻の慰霊祭が行われていることを知り、わたしも参加するようになりました。しかし、それもある時期まででした。特攻慰霊祭の思想に違和感を感じるようになって、参加しなくなったのです。
普通、慰霊祭というものは戦争の犠牲者になった人々に対して不戦の誓いをするものです。広島や長崎の慰霊祭もそうです。
ところが特攻慰霊祭は、ちょっと性質が違う。特攻慰霊祭は、出撃して戦死した人の忠勇義烈(ちゅうゆうぎれつ)をたたえることが目的なんです。国のために特攻隊員が死んだ。それゆえに名誉ある戦死なんだと。死んだ特攻隊員を顕彰するのが特攻慰霊祭です。しかし、本当は死んだ特攻隊員たちは英雄ではなくて、国策の犠牲者なんです。特攻で死ななければならなかったのは、国家が戦争を始めたからです。特攻隊員といっても、だれも生き続けたかったのです。死ぬのはいやだったのです。平和で幸福な生活を目指したかったのです。死んでそのような生活があるはずがありませんから。しかし、軍国主義の体制に従わざるをえなかった。ですから特攻慰霊祭では、忠勇義烈を顕彰するのではなくて、反戦・非戦の誓いをすることこそが大事なはずです。
しかし、年を経るにつれて、英雄としての特攻隊員という考え方を放棄する人も少なくありません。特攻慰霊碑を作った時点では、忠勇義烈の考えに捕らわれていたが、年数がたつにつれて、特攻隊員は国策の犠牲者であるという観点が見えてきます。
聞き手 年齢と共に戦争体験を客観視できるようになったということですね。
松浦 実際の戦争を知らない60歳以下の人々は、戦争そのものが悪だという事が分かっていません。言論・報道界の議論が改憲論に押されるのも、「戦争は悪」という最も基本的なことを理解できていないからでしょう。戦争に「良い戦争」と「悪い戦争」の区別はありません。こうした考えは、”焼け跡の思想”から来ています。
要するに原爆や空襲で日本がめちゃくちゃになった。わたしが生活の場としている麻布十番商店街は、終戦時、一望すべて焼け野原でした。これこそ国家が国民を守るためと称して戦争を始めて、国民の生活を破壊してしまった証でした。そこから生まれ出た思想が反戦・非戦なんです。だから9条は国民に受け入れられたのです。9条に反対したのは、政府の一部の人々だけでした。国民の大半はまだ天皇を崇拝していましたが、だからといって憲法9条に示された平和の思想を受け入れることになんの違和感もなかったのです。だれもが「これで戦争は無くなる」と喜んだんです。ところがその平和憲法が今あやうくなっています。
聞き手 香田証生さんの事件で明らかになったように、政府は人命よりも国策を優先しました。また、マスコミも小泉首相の判断は「基本的に正しい」という論調が目立ちました。最近の言論界をどう見ていますか。
松浦 小泉さんは中国の胡錦涛主席から靖国神社の問題を指摘されて、「不戦の誓いをするために靖国神社に参る」と言いました。しかし、それは護憲派の人が言う言葉ではないでしょうか。(笑)不戦の誓いをするのなら、憲法9条を遵守しなければならないはずでしょう。つまり小泉さんは、憲法のことも、靖国神社のことも、特攻隊のことも、原爆のことも、なにひとつ分かっていないということです。香田証生さんが誘拐された時も、すぐに自衛隊を引き揚げるべきでした。そもそも最初から自衛隊を派遣すべきではなかったのですから。新聞やテレビはこうしたことを指摘すべきなのに何も言えなくなっています。戦争を知らない人々が政界を動かし、マスコミを動かしている結果、こういう状態になっているんでしょうね。
(写真・聞き手:黒薮哲哉)
| 4年前、NHK教育テレビ番組(ETV2001)の4回シリーズ「戦争犯罪をどう裁くか」の第2回「問われる戦時性暴力」が急きょ改変されて放送され、大問題となった。当時、シリーズの企画書を書いた坂上香さんは、制作会社ドキュメンタリー・ジャパンのディレクターとして、第3回の番組を制作。また女性国際戦犯法廷を取り上げた第2回番組の取材も分担した。制作者の1人として、この異常事態について発言し続けてきた坂上さんに、NHK番組に対する政治介入が明らかになった今の時点で、改めて発言していただく。
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聞き手 改変され実際にオンエアされた番組を見てどう思われました?
坂上 えっ!なんなの、これ?という感じで、もう泣き笑いです。あんなに不出来な番組は見たことがない。
例えば編集でカットしたためにアナウンサーの顔の位置が何度も不自然に飛びます。よほど時間に追われて慌ててつないだのでしょう。
内容も私たちのものとは全然違いました。私たちはまず慰安婦の証言を聞いて、そこから考えていこうという姿勢でしたが、慰安婦の証言は大幅にカットされてしまいました。戦犯法廷がどんなものかの説明もない。
私たちは、戦犯法廷は過去のラッセル法廷のような民衆法廷であり、民衆法廷というのは国際法にも影響を与えたということを説明していました。ところが放映されたものでは「これは正式な裁判ではありません」とネガティブな説明だけです。
また最初に第1回目の内容を延々繰り返しています。
聞き手 他の回より4分も短いのにNHKはよくあることと強弁しているし…
坂上 信じられませんよね。普通番組は1秒、1フレームでも誤差は許されません。
聞き手 坂上さんのETV2001との関わりあいは?
坂上 2000年の8月にNHKエンタープライズ(NEP)のプロデューサーから連絡がありました。東大助教授(当時)の高橋哲哉さんに女性国際戦犯法廷の話を聞きに行くから一緒に行こうと誘われました。話を聞くだけならばと思い同行しました。するとその場で企画書を書いてほしいと頼まれたのです。
会社に戻り上司に相談したところ乗り気だったので、9月ごろ企画書を書きました。企画書がラフに出来上がった時点でNHKに行き、教養番組部のプロデューサーたちに引き合わされました。
企画書の冒頭では「戦犯法廷」がどういうもので、どういう人が関わっているかを説明してありました。NHKの人たちは非常に興味をもって、企画書についていろいろ細かい質問をしました。
長井暁さんもその場にいました。長井さんは自分から質問するというより、企画会議にかけたときに詰められそうなところをチェックする感じで、能吏タイプという印象でした。
ETVのようなルーティンの仕事を局が制作会社に委託するのに、こんな早い段階から積極的に関わってくることは私の経験ではありません。
ただNHK側はとても積極的だったのですが、難しいテーマだからどうかなというニュアンスのことも言っていました。だから10月半ばにこの企画が即決されたと聞いたときには驚きました。
聞き手 全体で4夜のシリーズ企画になったのは、NHKで決めたのですね。全体のシリーズ構成などを、NHKから送り返してきたのですか?
坂上 他の回のことはヨーロッパの戦争犯罪と責任の話が入るというぐらいで、あまり聞いていませんでした。
12月に戦犯法廷の取材が終わって、スタジオの対談部分を収録するときに、第1回と第4回の台本も置いてあったので見たのです。するとまだ収録していないのに出演者の話が一字一句まで細かく書かれていました。
「さすがNHKは構成主義」「これを出演者に読ませるのかなあ」とこちらのスタッフと苦笑いをしました。その時に「人道に対する罪」というのが4夜を通したキーワードだというのが、初めて分かったぐらいです。
シリーズのタイトルは「戦争をどう裁くか」ですが、も一つ「人道に対する罪」というキーワードを入れたら企画が通りやすいと教養番組部の人が判断したのだと思います。
また私たちとは別にヨーロッパの戦争犯罪に対する裁きを取り上げる企画が別にあって、それと私たちがあげた企画と共通性があるので、二つを結合させて企画を通したらしいのです。
だから第1回と4回のスタッフとは連携などは皆無に等しかったですね。
一夜一夜はそれぞれのテーマをもって独立していました。共通するのは、「戦争をどう裁くか」「戦争犯罪にどう対応するかについての今の世界の潮流」です。それで括られているから全体を通して自ずと見えてくるものがあるという共通認識だったと思います。
聞き手 途中から戦犯法廷に焦点を絞れといったのはNHK側だそうですね。作品性を考えれば総花的に作るより当然だと思えます。
坂上 それは12月に入ってからのことです。戦犯法廷の画がよく撮れたからでしょうね。
映像って”撮れだか”が大きいですよね。本当はこうしたいけれど、映像が撮れていないからそういうふうには編集できないということは多々あります。逆に予想以上によく撮れた部分があれば、それを中心に使おうということになる。
だから教養番組部の人も法廷の映像を見て、「法廷の画は強いから生かそう」と言ったのでしょう。
聞き手 今度、この改変の問題が明らかになってメディア界の体質も考えさせられます。
坂上 これまで労働組合も含めNHKサイドは制作会社の仕事ぶりの詰めが甘かったように言ってきました。一般のNHK職員に会ったときにも、この問題はタブーのようで全く語りません。まるで独裁下で言論弾圧されているかのようです。
民放でも、私が関わっていることがプロデューサーの耳に入り、「何であんな奴を使うんだ」と言われ、嫌な思いをしました。制作会社の分際で放送局に楯突く奴、ということなのでしょう。
朝日新聞が報道してから、民放の人が何人も取材に来ましたが、改変問題が4年前にあったことを知らない人が何人もいました。
ある民放の報道の人は、戦犯法廷を扱ったこと自体が問題だったと言わせようと引っ掛けてくるのですね。
「ぶっちゃけ、どうだったんですか」というノリです。
自分のことをテレビ屋と言い、「そんな真面目なこと、テレビでは無理じゃないっすか」と。
もっと真面目な人でも、どこかで天皇の戦争責任を扱うこと自体タブーで、テレビではしょせん無理だったと言わせたいようでした。
最初から「タブーに触れるほうが悪い。地雷を踏んだあなたが負け」という姿勢です。
ジャーナリストがこんなことでいいのかと思います。
聞き手 安倍晋三氏などがテレビに出て一方的に勝手なことを言っています。
坂上 めちゃくちゃですよね。あのETVの番組は視聴率が0・5%でした。もともと多くの人は関心をもっていない。そこへ安倍さんたちがテレビに出てきて、「北朝鮮との関係」などと繰り返したら信じてしまう人たちも多いでしょう。
NHKのニュースも、政治家の言い分、NHK幹部の言い分だけを伝え、「朝日新聞の報道は間違っている」と繰り返している。あのニュースを読んでいるアナウンサーや周りのスタッフの中には、こんな一方的なニュースを流していいのかと思う人もいるでしょう。でも誰も抵抗しない。昔の大本営発表を伝えさせられていた時代と同じになってきたのだなあと思います。
(聞き手:保坂義久、写真:瀧本茂浩)
| 戦後60年を迎えようとしている。「戦争の風化」が言われて久しい。だが、太平洋戦争はまだ終わっていない。戦後賠償の問題だけではない。今もあの戦争の犠牲者が出ている。そしてこれからも犠牲者が出る危険に直面している。それが毒ガスをはじめとする旧日本軍の遺棄兵器問題である。中国の犠牲者が日本政府に賠償を求めている訴訟は高裁段階に入っている。ドキュメンタリー映画監督の海南友子さん(33)は最新作「にがい涙の大地から」でこの問題に取り組み、上映会で全国を飛び回っている。
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聞き手 きっかけは中国旅行だということですね。
海南 昨年中国でリュウ・ミンという27歳の女性に出会い、お父さんが旧日本軍の遺棄した爆弾で亡くなったことを知りました。お母さんにもお話を伺いました。お母さんは弁護士以外の日本人が話を聞いてくれるのは初めてだと言って、4、5時間ずっと泣きながら日本に対する感情をぶつけられました。私よりも若い中国の女性が60年前の戦争が原因で苦しんでいるという事実は衝撃でした。仕事で行った旅ではありませんでしたが、これは避けて通れないと思いました。お話を聴くのは正直なところつらかったのですが、ここで逃げたら兵器を遺棄した日本軍と同じだと思いました。それで今年2月から1カ月間独りで中国ロケに入りました。アポなしで延べ約60人の犠牲者の話を聴くことができ、問題の深刻さを痛感しました。遺棄兵器の問題は、今日本に生きている私たち全員がきちんと向き合わなければならない課題です。
聞き手 第1作「マルディエム――彼女の人生に起きたこと」では元「慰安婦」を取り上げました。戦争責任をテーマにするのはなぜですか。
海南 原点はアジアの旅です。大学生の時から旅が好きで、特にアジアが好きでした。香港で水上生活を体験したりインドで井戸を掘ったこともあります。そんな中でいろんな人と親しくなると必ず出てくるのが戦争の話です。「日本人は許せない」という悲痛な訴えです。友だちになった女の子の祖父母は旧日本軍に殺されていました。そんな旅先での出会いから、アジアの隣人とこれから仲良く付き合っていくためには、日本の戦争責任問題は避けて通れないと痛感しました。戦争責任は過去の問題ではなく未来への大きな課題なのです。
聞き手 大学の卒論が「日本のインドネシアの戦後賠償」。戦争責任には以前から関心があったのですか。
海南 父の影響が大きいですね。父は日常生活の中で自然な形で戦争を話してくれました。アニメでピノキオが連れていかれる場面を見ていたら、日本も戦争中は隣の国で似たようなことをしたんだよとか、二人で旅行に行った沖縄で海を見ながら沖縄戦のことを教えてくれるという具合です。小さいころから戦争を身近に感じることができたのは父のおかげです。
聞き手 自主上映会は全国17府県、30回に及んでいます。そのほとんどで上映後にトークをされていますね。
海南 テーマが重いので、見ていただいた人たち、特に若い人たちが暗い気持ちになるのではないかと思い、制作の経緯などを話しています。自分とのかかわりを考えていただけたらと思うからです。
聞き手 反応はどうですか。
海南 満州事変など歴史的事実を知らなかったり、日本は戦争の被害者だと思っていたという若い人が多いのに驚きます。日本の教育の混乱を反映していますね。加害者としての日本の戦争責任がきちんと教えられていません。
聞き手 映画の中で毒ガス被害者の中国人夫妻が広島の原爆写真を取り出して悲しみにふるえる場面があります。被害者が加害者の国に涙する想像力には胸を打たれました。
海南 あのシーンはお宅に泊めていただいたときに撮影しました。言葉は分かりませんでしたが思いは空気を通じて伝わってきました。戦争で殺されたり殺させられたりするのは権力者ではなくいつも市民であることに想像力を働かせ、どうやって戦争のない世の中にしていくかが問われていると思います。
聞き手 遺棄兵器問題での日本の大手メディアの報道は極めて不十分ですね。
海南 被害者が多いハルビンが北京から遠いこともあるのかもしれませんが、被害者の取材に入った大手メディアの記者はいませんでした。被害者たちは日本人に話をするのを待っていました。戦争責任に限らず、加害者としての責任をきちんと追及する意思が日本のメディア全体から薄れつつあるのではないでしょうか。NHKでも以前は水俣病の実態に鋭く切り込むような番組があったのですが。誰しも自分が犯した悪いことは語りたがらないものですが、アジアの隣人たちと仲良く共生していくためには、戦争の加害責任から目をそらすことはできません。
聞き手 7年間のNHKでのディレクター生活を経て、フリーになって良かったことは。
海南 自由に一つのテーマに長期的に取り組めることです。その中で取材対象者と深く長く付き合っていくことができます。NHKでは番組がオンエアされると終わりで、良かったのか悪かったのか全然わからず、孤独でした。上映会ではその場でお客さまの反応がダイレクトに伝わってきます。テレビにはない醍醐味で、すごく楽しいです。
聞き手 フリーとしての悩みや要望もあると思いますが。
海南 戦争が厳しくなると大手メディアは社員を引き揚げます。その後は勇気ある個人の取材に頼っているのが現実です。そうした個人の勇気がきちんと評価される必要があります。またハリウッド映画と違って資金力や宣伝力のないドキュメンタリー映画にもっと光が当たるシステムが必要です。軍需産業ではなく平和・環境産業に豊かさが移行していくように、人を殺し合う映画より社会的テーマを扱ったドキュメンタリーを作る方がいいという世の中になるといいですね。
聞き手 上映後のトークでは裁判支援も訴えていますね。
海南 訴訟の支援として、募金、裁判官への要請はがき、遺棄兵器に関する情報提供の3つをお願いしています。作り手は当事者になってはいけないといわれますが、私には当事者と距離を置くことはできません。それが大手メディアと違う、いいところだと思っています。それでどういう結果になっても責任をとるのは自分自身ですから。
聞き手 ジャーナリストとしての使命感ですか。
海南 自分をジャーナリストというのには抵抗もありますが、被害者の支援はジャーナリストとしてというより、私自身の生き方の問題です。
聞き手 これからどんなテーマに取り組みますか。
海南 来春までは上映会を続けます。これからも戦争責任に限らず、戦争や環境問題に幅広い視点で取り組んでいきたいと思っています。また、夏休みに仙台の大学でメディアの講義をやっているのですが、テレビや新聞の報道はすべて真実だと思っている学生が多いです。若い人たちが受け手と発信者の双方向の体験を通して、どうやってメディアと共生していくかという企画もやっていきたいですね。
(聞き手・写真:鬼原 悟)
| 少年事件が増えている。かつて学校には校内暴力が吹き荒れた。それを「取り締まり」と「管理」で押さえ込んだ結果、暴力はイジメというかたちで水面下に沈んだ。さらにイジメにあった生徒の不登校や自殺を誘発した。近年の少年事件は、過去と同じ線上にあるのか。文教政策やメディアに問題はないのか。非行問題に取り組んできた能重真作さんにインタビューした。
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能重 神戸市で14歳の少年による殺人事件が起きた後、ある中学校の教師が社会科のテストで、「最近の事件で印象に残ったものをひとつ取り上げて感想を書きなさい」という問題を出しました。すると生徒全員が神戸事件を取り上げ、そのうちの約7割の生徒が少年Aに共感を示したといいます。しかも、友達ができないとか、親から勉強を強要されるとか、自分自身の問題に照らし合わせながら、少年Aに共感を示したものが多かったといいます。
現代ほど子供に対する抑圧が強まっている時代はありません。子供たちは大変なストレスにさらされています。学歴社会は崩壊したかのように言われていますが、巧妙なかたちで生き残っています。
かつては一元的能力主義の下で、中学生ぐらいになると、「落ちこぼれ」と呼ばれる挫折感をもつ者が現れていましたが、今はその年齢がもっと下がっています。
さらに競争は学科以外の分野にも及び、たとえば親の期待を担って第二のイチローを目指し、少年野球のチームに入る。ここも激しい競争の世界ですから、挫折感を味わう子供が出てきます。
日本の未来に希望が見えない中で親たちは、「わが子だけは勝ち組に入れたい」という強迫観念にとらわれ、幼児期から子供の教育に過剰な期待をかけます。だから学校から脱落すると、親も子供も次の見通しが立たなくなってしまうのです。
聞き手 国の文教政策に問題はないのでしょうか。
能重 現代の子供たちは、かつてないほど人間関係を築くことが困難な状況に置かれています。文部科学省は個性の重視を強調し、一人ひとりの子供の能力や関心、意欲などに応じた習熟度別の授業を奨励しています。共同で問題を解決するように指導するのではなく、個々がそれぞれ問題解決にあたるように指導するように奨励しています。コンピューターの導入も進み、子供は画面と向き合い、教師や友人とコミュニケーションしたり、共同作業する機会がどんどん奪われています。携帯メールなどの普及により、意思疎通の方法そのものも無機的になってしまいました。
さらに学力低下が問題となり、学校5日制の導入で減った授業時間を補うために、文化祭など子供たちが共同でなにかを創り上げるための時間も削られる傾向にあります。
一方、地域社会に目を向けてみると、かつて子供たちは学校とは別に、自分たちの地域で大人が直接介入しない「異年齢集団」を作っていました。その中では、上級生が下級生をたしなめることもする。いたずらや喧嘩もする。生身の触れあいの中で子供たちは、対人関係の力を身に付けたり、知力を発達させていたのですが、工業化・商業化が地域社会も「異年齢集団」も消してしまいました。こうした状況の下で、現代の子供たちは孤立させられ、非常に希薄な人間関係に置かれています。だから校内暴力の現れ方にしても、かつてのように集団という形ではなく、個人という形で表面化しているのです。
聞き手 ここ数年の少年事件は手ロが特に残忍だと言われていますが。
能重 たとえば佐世保の事件のばあい、事件そのものは本人を追いつめる要因が二重にも三重にも重なって発生したのだと推測しますが、カッター・ナイフという凶器による暴力は、やはり社会の中にモデルがあったはずです。メディアの影響が否定できません。連日、大人の残忍な事件がワイドショーなどで過剰に報道されるだけではなく、週刊誌の中吊り広告でも同じ事件が目にとまる状況です。子供は被暗示性が非常に強いですから、事件に連鎖反応を起こしがちです。
90年代に問題になったイジメなどは、まさにメディアを介した流行現象でした。テレビ局は視聴率を上げなければならないので、報道が与える影響を配慮しません。大人たちはカッターナイフによる殺害を特異な事件と考え、加害者の少女に病名を付けることで安心感を得ようとしていますが、同じ病理が社会に根を張っています。
ちなみに過去の少年による殺人事件をみると、戦後、最も多かったのは61年の448人です。現代は100人前後です。71年には神奈川県の中学3年の少年による殺人事件が起きています。成績のいいおとなしい生徒です。生徒会役員選挙で、応援演説を押しつけられ、そのことを苦にしたあげく、候補者の女生徒を殺害した事件ですが、現代のような過剰な報道はなされませんでした。
マスコミによる過剰報道が、「子供たちを厳しく取り締まらなくてはならない」という世論を生み出し、結果的に少年法の改悪や文教政策の反動化に繋がっています。しかし、子供の管理を強化しても解決にはなりません。
聞き手 佐世保の事件では、教師が女の子の変化に気付いていませんが。
能重 教師には、子供の内面を見ることが求められます。表面では仲良しに見えても、本当はどうなのか分からない。佐世保事件の加害者と被害者はチャット仲間でした。だからそれだけを見れば、教師が険悪な状況はなかったと判断しても仕方ないかも知れません。ただ、学級集団として生徒を伸ばしていく教育実践がなされていれば、状況は違ったかも知れません。
聞き手 『ブリキの勲章』の中にも、生徒が仲間の異変に気付いて、能重さんに知らせに来る場面がありますね。
能重 はい。現代の教師と生徒の関係は、希薄というよりも無機的になっています。昔は『坊ちゃん』などの文学作品にも見られるように、「教える側」と「教わる側」という関係以前に、人と人の関係があったのです。
聞き手 少年非行をどのように見ていますか。
能重 大人の視点からすれば、非行少年とは学校や社会に適応できない少年ということになります。「反抗」という言葉も、学校や社会への不適応を悪とみなす伝統的な価値観を前提に使われてきました。しかし、今の社会や学校は、子供が人間らしく成長するための環境からはあまりにもかけ離れています。問題があるのは、子供の側ではなくて、むしろ学校や社会の側ではないでしょうか。既存の制度が現代の子供に合わなくなってきたと見るべきでしょう。
最近、子供の中には、学校から「離脱」する者が増えています。「脱落」ではなくて、みずから「離脱」するのです。しかも、そういう状況を自分の言葉で認識している者もいます。
たとえば学校を「離脱」して非行に走った中学生のこんな事例があります。ある日、彼は学校から帰ると、母親に向かって「今日からお母さんのいい子になるのはやめた」と宣言しました。おそらくその背景には、イジメなど何か引き金になる出来事があったのではないかと思いますが、とにかく勉強の放棄を宣言した。それから彼がとった行動は、自分の部屋から机を放り出すことでした。過剰に自分を学校や母親に適応させられることが自己喪失を招くと直感した結果でしょう。
子供が真に子供らしく生きることもできなければ、将来に対する希望も持てない社会にしてしまった責任は大人にあります。そのことを認識しなければ、これからの混迷した社会状況のもとでは、ますます少年非行は広がるでしょう。
聞き手 「『非行』と向き合う親たちの会」ではどんな活動をされているのでしょうか。
能重 月例会が基本的な活動です。例会では、「非行」に直面している親たちが支え合い、互いの経験から学び合っています。年3回以上の無料の電話相談や全国各地に会を作る運動などの活動も行っています。「非行」の問題は1人で悩まずに、お互いに手を組んで助け合うことがなによりも大切です。(聞き手 黒薮哲哉)
| 運動が広がっている。日の丸・君が代を入学・卒業式で強制し、起立や斉唱しなかった教員を大量処分した石原都政に反対する運動には、卒業生の保護者や教職員をはじめ多くの団体や個人が参加。4月29日、6月12日の「学校に自由の風を!」の集会に結実した。
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「今の状況は『日の丸・君が代』戒厳令」、6月12日、中野ゼロホールで開かれた第2回「学校に自由の風を!」集会は呼びかけ人の一人、小森陽一さんの挨拶で始まった。
集会では天木直人さんの講演をはさんで、前半に4人、後半に4人がいろいろな立場から発言した。七生養護学校の保護者は、都議たちが産経新聞の記者を連れて視察に来て、性教育の教材を持ち去ったことを報告。その他、4大学統合が予定される都立大学の学生、国連の子どもの人権委員会で定時制高校の統廃合問題を訴えたOGなどが発言した。
都教委は教員が不起立だった場合だけでなく、不起立の生徒が多かった学校の教員も処分対象とした。その処分対象者の教員が発言。また卒業式について生徒同士で話し合い、多くの生徒が斉唱時に着席した高校の卒業生が、話し合いの様子や先生の処分について語った。(生徒は大勢の前では話せないと舞台袖からの発言だったが、学校が特定され先生に迷惑をかけない配慮かもしれない)
教員も卒業生も、生徒の不起立を教師のせいにする都教委は、生徒には判断力があるのにそれを認めない非教育的態度だと怒る。
後半は斎藤貴男さんの講演。斎藤さんは「日本はアメリカに追随しながら自らも海外派兵して権益を守る『衛星プチ帝国』になろうとしている。本来は星条旗を仰ぐべきだが、それでは悔しい。日の丸はプチ帝国の癒し」と、軽妙に米国追随と国粋主義の関係を解き明かした。
最後は29日の集会でも感銘を与えた定塚才恵子さんの歌。小学校を卒業する子どもに贈るその歌は、式という子どもの成長の節目に寄せる親の思いを温かく伝えている。
運動を進めてきた丸浜江里子さんにお話を聞いた。
丸浜 3年前に子どもが卒業した杉並の中学校では卒業式は卒業生の描いた絵を壇上に飾り、入学式はその絵で新入生を迎えることが伝統で、そういう学校は東京中にたくさんありました。
ところが都教委が10・23に通達を出したら、11月4日に杉並区教委がほぼ同じ通達を区内の小中学校に出しました。日野、小平、八王子をはじめ各地で同様の通達が出ました。地方分権、学校の独自性と言いながら全く上意下達です。
最初は「日の丸・君が代」がいやということでは必ずしもなくて、壇上に子ども達の作品を飾っていたのをやめて、一律に国旗と区旗にしろというのが納得いかなかったのです。母親同士で杉並区教委に「何とか認めて欲しい」と申し入れをしましたが、らちがあきませんでした。
ふと思うと、自分の子もこの春、高校卒業。昨年の卒業式の様子を、たまたま友人がメールで送ってくれていました。そこには「内心の自由があるので起立、着席は自由です」という教頭のアナウンスがあるとても良い卒業式だと書かれていました。ところが、今年はアナウンスはないそうだという話が聞こえてきました。なぜ、今年はダメなのか不思議でした。
今年の1月4日に、たまたま近所のお母さんたちと「お茶でも飲もう」と集まった時にその話になって…。「これ、おかしいよね。皆と相談してみよう」と声をかけたのです。
次に集まったのが1月7日で、14人集まりました。そこで話し合って、「都教委に要請に行きましょう」ということになり、文書を作ってメールとFAXで伝えて、賛同する人を募りました。
1月7日には4校の都立高校保護者が来ていて、「あの人にも声をかけたらもっと広がるわね」ということになり、4校が10校になり、1カ月ほどで50校になりました。素敵だったのは、都立青鳥養護学校の保護者と友人のお母さんがいて連絡して下さったことです。養護学校保護者も仲間に加わりました。
皆で都教委に申し入れに行こう。ついては記者会見というものも、やってみようということになりました。
その月の都議会記者クラブの幹事社は産経新聞で、都庁へ直接行って頼み、2月18日に記者会見をしました。その時の養護学校の父母の話が素晴らしかったですね。
フロア形式なら子どもが自分で車椅子を操作して証書を受け取れるのに、壇上に上がるとなるとスロープがあってもとても危険で介助者が必要です。節目の式に自力で受け取ることに意味があるのに、卒業式の意味が変わってしまうと訴えていました。その時にこんな話も聞きました。子どもたちは通学バスで通うけれど、住所が点々としているため学校に着くまでに1時間半かかる。学校には冷房設備もない。バスがもう1台増えれば時間が短縮されるが、いくら陳情しても予算がつかない。ところが今回、子どもたちを壇上に上げて証書を渡すために一つ80万円以上かかるスロープがポンとつく。それには簡単にお金を出す。おかしいですよね。都教委は親の声を聞く耳を持たないのかと言っていました。
聞き手 それで都議会へ?
丸浜 都議会へは2月25日に陳情書を提出に行きました。3月17日に文教委員会で審議するというので傍聴しました。共産党議員が「10・23通達に国旗は左で都旗は右とあるが、その根拠は?」と尋ねると、自民党議員が「そんなことは国際的常識だ」と野次ったので、本当にそうなのか、外国人記者クラブで聞いてみよう、私たちの訴えも聞いてもらおうと、3月31日に記者会見をしました。
自分たちで資料を翻訳し、通訳を手配しなければなりませんが、素晴らしい仲間が翻訳と通訳を買って出てくれました。市民のネットワークの力がそれだけついてきたということでしょう。
聞き手 29日の集会は?
丸浜 署名を送ってくれる方たちはどんな人だろうと思って「お会いしませんか」と4月4日に集まったのです。
いろいろな人がいて互いの話が面白くて。その時に集会をやろうという声が出ました。実行委員会形式にしたら、会議に40人ぐらい集まるんですね。40人もいると「こういう人がいるよ」と知恵が出て運動が広がりました。誤解をおそれずに言えば、今、女性たちは男性たち、とくに会社に勤めている男性たちにはない空間、時間を持っている。いろんな集会に行き、いろんな出会いを持っている。そんな市民たちの財産が生かされたのだと思います。
6・12集会では、市民が中心だったせいでしょうか、128の団体が賛同団体になってくれました。相手の足を引っ張るのではなく、人と出会う楽しさを大切にすれば、運動は広がるのではないかと信じています。
(聞き手:保坂 義久 写 真:瀧本 茂)
| 「ハンナン」の元会長、浅田満氏がついに逮捕された。しかし問題はまだ終わっていない。企業の組織的不正が内部告発などで明らかにされる一方で、個人情報保護法など、表現の自由を規制する動きが不気味に浮かぶ。時代が激変していくなか、今回の事件の背景を描き出した著作で2003年度JCJ賞を受賞した溝口敦さんは、メディアと社会の動きをどう見ているのだろうか。
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聞き手 浅田満氏がとうとう逮捕されましたが。
溝口 2001年11月に広島の食肉卸会社「平成フーズ」の加工輸入牛肉94・5トンを、浅田がまずグループ企業を通じて買い取った。買い上げ対象外のその肉を浅田自身が副会長を務める大阪府食肉事業協同組合連合会(府肉連)、全国食肉事業協同組合連合会(全肉連)経由で農畜産業振興事業団に国産牛と偽って買い取らせ、5000万円の利ザヤを手にした。当時の伝票や関係者の証言をもとにして、大阪府警が今回の逮捕に踏み切ったのです。
最近では、浅田が専務理事を務める全国同和食肉事業共同組合連合会(全同食)でも同様の偽装があったとして、浅田をはじめとする10人を再逮捕、さらに浅田満の弟、暁を含む関係者6人を新たに逮捕しています。
聞き手 これを突破口に今後、捜査の手がどこまで及ぶのかが気になります。
溝口 先日、大阪のメディアから捜査状況を聞いたのですが、今回、浅田と一緒に逮捕された平成フーズ社長の供述によれば、彼は浅田のグループ企業に牛肉を買い取らせる以前に農水省の食肉鶏卵課を訪れ、輸入牛肉買い取りを要求していたという。課のナンバー2に「(BSEの影響で)輸入牛肉も売れなくなった。買い取れ」と。ナンバー2は「そういう話は浅田さんのところへ持っていきなさい」と答えたそうです。
食肉鶏卵課の課員は、浅田とその関連会社が申請していた「国産」と称する牛肉1633dを焼却した「柏羽藤クリーンセンター」で最初の焼却にも立ち会っている。
農水省と浅田との強い癒着を思わせるとともに、本来は「国産牛」の市場隔離政策だったはずの牛肉買い上げ制度に、輸入肉や加工肉まで一緒くたに処分しようとしていた疑いが深まっている。
今後の捜査が農水族議員に及ぶのかどうかはわかりませんが、農水省の役人を巻き込む可能性はあると、府警周辺の記者たちは見ています。
聞き手 今回の事件の背景については溝口さんの著書「食肉の帝王」(JCJ賞受賞)に詳しい。これまでタブーと言われてきた構造に切り込めたのはなぜですか。
溝口 私も職業的な文筆業者として、連載をはじめたからには責任を持って完成させたいわけで、そのための配慮はしてきた。浅田は被差別地域の出身で、同和利権を利用して富を築いた人物です。同和問題を扱うことへの慎重さは必要です。ですが、社会的不正については事実としてはっきりと指摘しなければならない。
とは言え、週刊現代に掲載した当初は、街宣車が取り巻くような事態をある程度想定していました。
しかし、なにも起こらなかった。
それで関西地域のメディアは驚いたわけです。なぜ連載し終えることができたのかと。
私自身の考えでは、BSEの発生をはじめとする一連の事件や、鈴木宗男の逮捕、「同対審答申」に基づく後継法の失効などで同和利権にひび割れが生じはじめた、92年の暴対法以降の暴力団排除の世論や、暴力