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カメラマン 最前線
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”バスレロ”への視点
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「3年やったらハマリそうだったから…」 冗談とも本気とも取れる言い方で、宇田有三さんは2年半の教師生活にピリオドを打った事情を話す。教えていたのは英語。高校教師を志望したが、実際に教えたのは中学生だった。受験英語より、英語本来のおもしろさに重点を置いた授業をしていたようだ。 きっと生徒たちには好かれた先生だったと思う。 多感な中学生たちと接する日々は、毎日新しい自分との出会いでもあったのだが。教師として生徒の前で"もっともらしいこと"をしゃべっても、その言葉が通じるのは学校の中だけであり、世の中には通じないきれごとすぎないのではないか?悲しい悟りが宇田さんに訪れた。 教師を続けるなら、日本の現行の教育制度を認め、点数で人を区別するシステムに手を貸すことになる。内側から変革の声を あげる勇気は持ち合わせていなかったし、内側から変革できるといなどという考えも 持てなかった。 最低限、自分に正直になろう。理想を語るなら、理想を語るものにふさわしく、理想を実行しよう。その姿勢はフォトジャーナリストとしての現在にも通じている。 |
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| 元来はマスコミ志望だった。世界、世の中の動きを見る目は、磨いてきた。得意の英語を武器に、世界を回ってみたいという想いは早くから芽生えていた。大学に7年間在籍していたことをみても、枠の中におとなしくおさまっているタイプではなさそうだ。枠におさまらない性格は、全校生徒
を前にした惜別の辞にもはっきりあらわれていた。「私はこれから、日本人という枠越えて、国境という目に見えない線をまたぎ、世界人としてやっていきます」 決意表明は雄壮であっても、それを可能とする現実の手だてがあったわけではない。意志疎通に困らない英語力だけでは世界人 とはいえない。 「写真をやればいいんじゃないか、そう思っんです。写真には、筋だけ通してあとの責任は自分で負うという潔さがありますから」といっても、それまで写真の勉強をして → |
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