「360°」
< 風景一考 >

ラ鉄条網の向こう側はビルマ領(タイ側から
撮影)。  ひょいと跳び越えることのできる
障壁だが・・・。

夜行バスは、町に入る2kmくらい手前で、静かに停車した。夜明けまで、まだ1時間ほどある。国境警備の係官がバスに乗り込んで来た。男性2人と女性1人が下ろされる。おそらく、バンコクに出稼ぎに行っていた不法就労のビルマ人であろう。

初めてその光景を見たとき、夢うつつでぼんやりしていた頭は、いっぺんにはっきりした。連れ去られる彼らの後ろ姿を目にして、心を痛めたものだ。だが、その後、何十回もそんな状況に出くわし、それも一つの風景になってしまった。

タイの首都バンコクから西北へ約240km。日本にも走っていない豪華バスで八時間弱、ビルマとの国境、メソットの町に到着する。

メソットは、人口約3〜5万人ほどの町。ビルマに近いということもあり、やはりビルマ人の姿を多く見かける。朝6時から夕方6時までは国境が開き、その時間ならビルマ人も合法的にメソットに滞在することができる。昼間人口のおよそ半数はビルマ人だ。

もっとも、実際にタイとビルマを隔てているのは、メソットからさらに西へ約2km、モエ河という自然の国境線である。

モエ河のほとりでは、越境してきたビルマ人たちが、タイ人の観光客目当に、タバコやビルマ特産の宝石などを売り歩いている。のどかな国境風景である。

雨期になるとモエ河は氾濫し、そのたびに国境線が変わるという事態があった。1998年くらいだったろうか、ちょっとした国境紛争にもなりかけた。国境線を確定するために突貫で護岸工事が行われた。タイ側の工事現場で働いていたのは、ほとんどがビルマ人だった。

タイ人の現場監督に理由を聞いてみた。
「だって、きつい仕事だろ。タイ人は誰もしないよ。それにビルマ人は賃金が安いし」 −人為的に引かれた、目に見えぬ国境線は、人の運命を左右する。人は、どの時代に、どこで誕生するか、自分で決めることはできない。−どういう訳か、使い古された言い回しが頭に浮かぶ。

河縁に腰を下ろす。のどかな国境風景を前にして、取材には必ず持って来る中村哲さんの『アフガニスタン』(筑摩書房)を開く。

「旅人には心地よい風景も、そこに定着する人びとの生活の中に立ち入ると、 たちまち豹変する」

異境でさまざまな風景を目にする。偶然と思える出逢いも実は、あらかじめ運命として定められていたのだろうか。

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