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目の前には、ローザ・パークスさんという老婦人が座っていた。笑顔いっぱいの人びとに囲まれたパークスさんは、気軽に記念写真に応じていた。大柄な黒人女性と並ぶと、本当に小さな姿。
米国ボストンで写真を勉強していた14年前、記念講演のため当地を訪れたパークスさんに出会った。
1913年生まれのパークスさんは、私が中学か高校の時に使っていた教科書に登場していた人でもあった。教科書に出ていた人を写真を撮るとは。自分の中ではちょっと、興奮気味だった。
1950年代の米国南部のアラバマ州は、「ジム・クロウ法」によって人種差別は合法だった。その黒人を差別する法律は、例えばバスに乗ると、白人は前、黒人は後ろに座るという決まりがあった。バスの中ほどは、乗客がいなければ黒人も座ってもよいとされていた。
ある日、仕事帰りで疲れていたパークスさんは中間席に座っていた。バスが混み始める。バスの運転手は、座っていたパークスさんに立つように命じた。彼女は、きっぱりと拒否をし、逮捕された。
この事件は、ルーサー・キング牧師が全面に出ることになる、米国の公民権運動につながる第一歩だった。パークスさんは、声高に拳を突き上げ、権利主張をしたのではない。ただ、不条理な社会システムに静かに抵抗しただけだ。そんな一人の女性の勇気ある行動が米国の歴史を動かしたのだ。
パークスさんを撮影した同じボストンで、デービッド・デュークという人を撮影する機会もあった。ハリウッド映画の主人公を思わせる、典型的な白人容姿のデューク氏は、クー・クラックス・クラン(KKK)という人種差別団体の幹部であった。もちろん彼の演説会には、異議を唱える人びとが集結した。
だが、その一方で、彼を支持する人びともまた大勢集まった。米国の歴史上の負の遺産だと思っていた団体が、実は、根強く生き残っていると肌身で知って、正直ショックだった。
2001年9月11日以降起こった事件|米軍によるアフガン侵攻やイラク攻撃|をパークスさんはどう思っているのだろうか。直接、聞きたくて、連絡を取ってみた。
「パークスさんは今、健康がすぐれず、インタビューに答えることができません」
取り次ぎの人からの返事が返ってきた。
パークスさんは、病床で現在の米国の状況をどう考えているのだろうか。
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