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「お昼ご飯をどうぞ」
インディヘナ(先住民族)の女性たちは、発掘現場にいる全員に声をかけていた。もちろん、発掘現場を取り囲むコンクリートの壁を造っている作業員たちにもだ。その壁は将来的に、彼女たちの遺骨発掘作業を不可能にする障壁になるはず。
壁の作業員たちは、生活の糧を得るため、軍部と繋がりのある地主に雇われたに過ぎない。彼女たちはその事を十分に知っている。
中米グアテマラの内戦は96年12月に終結。戦禍の跡は今、表面上感じることはない。実際、首都や地方の村を訪れてみても、人びとを抑えつけていた軍に対する恐怖は薄れている。
しかし、内戦時、最も被害を受けた先住民族たちは、簡単に過去を忘れるわけにはいかない。たとえば、「コナビグア」(「連れ合いを奪われたグアテマラ女性の会」)のメンバーは今も、虐殺され、秘密裡に埋められた肉親を探し求めている。
グアテマラの首都グアテマラシティから東北へ約80km。チマルテナンゴ県のコラパの郊外にたどり着く。コマラパでの「秘密墓地」の発掘作業は、5月初旬から始まった。ここはまた、「コナビグア」の創設者の一人、ロサリーナ・トゥユク氏の父親の遺骨を捜す最後の機会でもあった。
しかし、発掘作業は6月30日の午後、予定より3日早く終了。地主から早期に作業を終了するよに圧力がかかったようだ。
結局、コマラパでの遺骨発掘は、1200以上の穴を掘り、162の遺骨を掘り出した。しかし、ロサリーナ氏は、「コナビグア」の活動をするが故に巻きこんでしまったお父さんの遺骨を発見することはできなかった。
事実上米国の後ろ盾を得た軍によって犠牲者が増大したグアテマラ内戦。その結末を、加害者と被害者が同じ村に同居し続けるという状態の中、インディヘナたちは、自分たちの手で内戦の後始末をつけようとしている。
観光産業は、グアテマラの大きな外貨収入源の一つ。観光客は、マヤの遺跡や鮮やかな民族衣装を身にまとうインディヘナたちを目当てにやって来る。だが、そこに住む、人間としての先住民族の負の歴史にまで思いを馳せることは少ない。
虐殺の歴史は実のところ、五百年以上前のスペイン植民地から始まった。ほんの10年前の内戦の事実は、観光客の目に触れることなく、再び歴史の中に葬られるのか。
(7月31日)
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