人間の尊厳を返せ

─ 500回目を迎えた元「慰安婦」水曜日集会 −
 韓国ソウルの空は、青くぬけた。舞台は日本大使館前である。
 元日本軍強制従軍慰安婦(以下「慰安婦」)6人を乗せた黒いマイクロ
バスは、渋滞の激しいソウル市内を抜け、日本大使館に通じる二車線
の細い道路にたどり着いた。予想していた通り、黒い装束をした機動隊員
30人ほどが、二重に交通規制を敷いて、道路をふさいでいる。
「私たちは『水曜日集会』へ参加する当事者のハルモニ(韓国語で「おば
あさん」の意)です。だから、通してください」。「慰安婦」のおばあさんに
付き添っていた男性は、毅然と言い切った。だが、道路をふさいでいる
機動隊の責任者は、どんなことがあろうとも道をあけようとしない。
「ここは通さないぞ」。その一点張りだ。

 「水曜日集会」は1992年1月8日、「慰安婦」とその支援団体が日本
大使館前で、日本政府に対し、公式謝罪・真相究明・被害者補償など
を求める抗議集会を開いたことから始まった。週一回の集会はその日、
2002年3月13日の水曜日、500回目を迎えることになった。
約10年間、阪神大震災の直後や公休日の水曜日をのぞいて、雨の日
も雪の日も続けられてきた息の長い抗議集会である。

 「慰安婦」を支援しながら「水曜日集会」を事実上開催しているのは、
37の女性・市民・労働・学生・宗教団体を中心にした韓国挺身問題協議
会(以下、「挺隊協」)である。「挺隊協」の主張は以下の通りである。
1.真相の究明。2.戦争犯罪を認めること。3.公式謝罪。4.戦犯を
処罰すること。5.追悼碑と史料館を建てること。6.被害者に賠償する
こと。7.歴史教科書に載せること(『日本軍「慰安婦」問題の解決運動
の過去と現在、そして未来』より)

 本来韓国では、在外大使館の周辺100m以内の集会やデモは禁止
されている。だが、この「水曜日集会」だけは例外的に黙認されている。
それだけ、この「慰安婦」の問題が、韓日関係において、微妙な問題で
あることを証明している。

 道路をふさがれたマイクロバスは仕方なく、迂回路を巡り、裏通りを抜
け、日本大使館前へ通じる道を目指した。やはり、その先でも、屈強たる
機動隊員約200人が、3重に道路を遮断していた。ここを通してもらえ
ないとなると、今日の集会は中止になるかもしてない。
 突然、車の周りが機動隊員に囲まれてしまった。私は、物々しい雰囲気
が車外を覆っているのを感じた。車の最後部に座っていた私は、「慰安婦」
のおばあさんたちの様子をうかがった。しかし、おばあさんたちは、なん
ら動揺することなく、事態の推移を見守っているだけだった。正直、彼女
たちの静かな態度におそれいった。なんとか警備の責任者と話がついた。

 500回目の記念集会だから、確実に「慰安婦」のおばあさんが大使館
前に現れるだろうと、約50人近い報道陣が彼女たちを待ちかまえていた。
「もう、お祭りだね。こんな時だけは」。おばあさんの一人が私にそう言
った。確かにそうだ。先週の水曜日はしぐれ空で、手はかじかむほどの寒
さだった。白い息を吐き続けながら前の週は、すなわち、499回目の「水
曜日集会」は、さみしく行われた。しかしその時、集会を取材する報道陣
は誰一人として姿を表さなかった。