金 明植 『 帝国の首枷 』
( 『辺境』1 影書房 1996年・10)


「 二 日本の貧困 」


             都市の貧困

                (日本の建国記念日に抗して)

             絶え間ない 雑踏の 新宿の 人込みの中に
               は
             故郷も 方向も 希望も ない
             そこには 腐敗する豊饒の 中に
             そこには 貧困だけが 乾き 乾きつづけて
               いる
     
             歌舞伎町でくりひろげられる 絶え間なく
              押し寄せる 肉体の欲望の あとには
             侵略と 野望と 搾取と 殺人と 支配がひ  
              っきりなしに 氾濫し
             そこには 物差しでは けっして計れぬ 計  
              れもしない
             腐れかかった 洋式の上で 飽食の罪悪を生
              み
             そこには 命が育つ ひとにぎりの 土さえ
             ない
             そこには 支配者の 闇だけが 広がっている

             あの都市の人びとは 生命の育ちを 喜ぶこ
              とを 知らぬ
             都市の人びとは 享楽と 酒と 夜の媚薬を
              もとめ
             都市の人びとは 明日待つことを 知らぬ
             そこには 笑いはあるが 愛の笑みはない
             そこには 言語はあるが ねぎらいの言語は
              ない
             そこには 眼はあるが 真実をもとめる眼は
              ない
             そこには 耳はあるが 解放の知らせを聞こ
              うとする耳はない
             そこには 胸はあるが 情をいとおしむ胸は
              ない
             そこには 肉体はあるが 労働する肉体はな
              い
             そこには 手足はあるが 傷跡をかばう手足
               はない

             あの都市の人びとは 生命を 捨てても 燃
              やしても 死なせても 
             ひとつの 事件でしかなく 一枚の 新聞
              の 事件でしかなく
             人は 人込みの中で うごめきつづけても
             ひとつの 動作にすぎず スクリーンの ひ
              とコマにすぎず
             人は 多く話しても 叫んでも わめいても
             ひとつの マイクの 声でしかなく 機械
              の 騒音 騒音 騒音でしかない

             新宿、おまえは 都市の 貧困の 倉庫なの
              だ
             東条がそうであったように 中曽根が 軍備
              を拡張する その日
             ふたたび生まれる おまえの子どもたちは死
              の灰の 中で
             あの都市の 貧困の 中で 呻吟するとき
              が 遠からず やってくる

             都市、おまえは 罪悪の 巣窟というより
              は 生命を 埋める 墓
             ワシントン、ニューヨーク、
             トウキョウ、ソウル、
             パリ、ヨーロッパの 大都市が 列をなし
              て 冷めていくように
             大都市は いまや 貧困の きわみに たど
             りついている
             腐敗の 巣窟というよりは生命を 埋める
              墓となってしまった
    
             殺りくの 平気を 貯蔵する おまえらの 都
              市の 中には
             おまえの 権勢を より高めようと してい
              る
             殺りくの 兵器を 貯蔵する おまえたち
              の 大都市の 中には
             生命の 成長を 喜ぶよりか は 権力の座
              を より高め
             おまえたちに 支配の 最後の日が くる
             破滅の 宴を 盛大に 待ちかまえている
             そして 都市の 支配者たちは 人民を 道
              具とし
             人民の 財産を 奪い 城門を 高く築き
             外敵を防ぐの 海を渡るのと 戦略を たて
              てはいるが
             おまえたちの 侵略は すでに アフリカで
             おまえたちの 侵略は すでに ラテンアメ
              リカで
             おまえたちの 侵略は すでに アジアの各
              地で
             呻吟の 海を越え 刀をふりかざして おま
              えたちの 胸を 狙っているではないか

             都市の 貧困を 読めぬ あの 都市の 顔
              と 顔
             しなびた 朽ちた 枯れ葉のように 腐っ
              た 枝木のように
             腐りはてた 樹木に しがみつきながら と
              うに 死んでいる 葉虫のように
             すでに 時は 逸した
             早目に あなたがたが 都市の支配に 反抗
              していたら
             すくなくとも どちらか一方は 生かせたも
              のを
             すくなくとも どちらか一方は 都市の 貧
              困を 悟ったであろうに

             おまえたちは 反抗しなかった その 代価
              で
             都市を 病ませ おまえたち自身を 病ませ
             てしまった
             支配者たちは 核兵器を つくり 都市を 監
              視しては いるが
             どの国の 歴史にも 義士を 叫ばぬ
             都市は 熱火に 亡びたではないか
  
             東京よ、新宿よ、そして 大阪よ、
             飽食の 都市の 享楽と 無抵抗は
             あなたがたに 新しい 貧困を 生ませた
             中流意識と 大国意識と 支配者意識と 侵略
              意識は
             死の 墓へと 育っているではないか

            絶え間ない 雑踏の 新宿の 人込みの中に
              は
            
故郷も 方向も 希望も ない
            そこには 腐敗する 豊饒しか ない
            そこには ひとりの義士も 入るすきさえな
              い
            おまえは 石油も 穀物も 豊饒でない 都
             市なのだ
            そこには 腐りはてる 豊饒しか ない
            おまえたち 大都市は 生きた命を 埋め
             る ひとつの 巨大な 墓なのだ
            おまえたち 大都市は みな
            灰をかぶる 墓でしか ないのだ
            帝国の 大都市よ!
   

「日本刀」