金 明植 『 帝国の首枷 』
( 『辺境』1 影書房 1996年・10)


             「 二 日本の貧困 」


           凍死の前で


          山谷、暗い あの街に
          雪が降り
          膚の中に
          北風が しみわたる頃に なると
          都会の人間には
          飽食の食卓と 飽暖の寝床が 待ってはいる
           が

          ぼくたちの 帰るところは
          凝っている あの街
          地下鉄の セメントの床
          さもなければ 公園の 冷えきったベンチ
          無関心な 大地だけなのさ

          そこで ぼくたちは
          紙屑を集め 材木の切れ端を拾い たき火を
           たいて
          パン屑を 分けあい
          明日を 明日の生を
          あきずに 語らねばならないのです

          山谷、暗い あの街に
          北風が 吹きすさび
          寒波が 押し寄せてくると
          地下鉄新宿の 片隅か
          高級料亭の 裏口へ 行き
          ひもじさを 満たすために
          ぼくたちの食料を もとめなければなりませ
           ん
          ぼくたちが 今日も この都市の上で
          煤けた顔で
          あの街を 彷徨う ときには

          金持ち連中は ぼくたちを
          怠け者だと 後ろ指を さします
          学識ある 多くの人たちは ぼくたちに
          同情の まなざしを投げ 避けて通ります
          権勢を振っている 人たちは ぼくたちに
          福祉政策を叫びながら 奴隷手帳に 記します
          帝国の軍隊は ぼくたちを
          アカよ 過激派よと いいふらします
          情深い宗教家は ぼくたちに
          信仰心がないといって 慰めの祈りを捧げま
           す
          どこへ行こうか、どこへ行くべきか
          山谷、暗い あの街に
          冷たい月が 登れば
          血の気のない 友たちは
          人情も 思い遣りも 待ち望むものとて な
           しに
          蒼白くなって 萎れてゆき
          蒼白くなって 死んでゆき

          真夜中が 近づくと
          死の国は ひとことの言葉も なく
          冷ややかで
          ひややかな 真夜中は ぼくたちに
          残忍なまでに 恐ろしさを 教えてくれます

          山谷、暗い あの街に
          雪が降り
          北風が 襲ってくると
          一番 恐ろしい 戦いは
          凍死の侵略に 相向かうことです

          飽食の この都市の 上で
          飽食の この同胞の 前で

          ぼくたちは 微かに残った 体温を かき集め
          一番名誉な 戦いを 始めなければなりませ
           ん
          凍死の 前で
          ぼくたちの 春を 取り戻しださなければな
           りません

          ぼくたちの 春を

          凍えてゆく からだを
          砕けてゆく からだを
          溶かすために
          甦らせる ために
          凍死の 前で
          ぼくたちは ぼくたちの 春を求めて 歩き
           ださなければなりません

          自由の 春を
          解放の 春を
          希望の 春を
          山谷の 春を
          東京の 春を
          北海道の 春を
          オキナワの 春を
          花開く ぼくたちの 春を 取り戻すために
          ぼくたちは ふたたび 発たなくてはなりま
           せん

          山谷の 春は
          ぼくたちの 戦いと 勝利の時に 訪れる
          偉大な 解放の 時となります

          凍死の 前で
          ついにぼくたちは 腐敗の 帝国と
          飽食の 都市に 対して 宣戦布告をし
          勝利し 解放される その日 その時
          ぼくたちは 凍死に うち勝つ事実を 悟る
           でしょう

          ぼくたちが 勝利する その時
          ぼくたちの 国土の 前には
          ぼくたちの 同胞の 前には
          平和の分配が 花咲き
          平等の自由が 花咲き
          地位の 高さ 低さの ない
          春の国が 訪れるでしょう

          凍死と 戦うことは 春を 取り戻す 労働
           なのです

           *山谷の冬の夜は長く、肌を刺すように冷えこ
          む。
           昨夜は名も知らぬ友が震えながら死んでいっ
          た。
           そして、ぼくたちの身近かな友、佐藤満夫が
          西戸組の筒井栄一の凶刃に刺されて、貴い血を
          山谷に散らして斃れた。そして死んだ。
           ぼくたちは見た。帝国警察のあらゆる行為
          と、帝国裁判の結果をしかと見とどけた。
           ぼくたちは信ずる。同志のの血がぼくたちの春
          に解放の花として咲くことを。
           ついに、帝国の破滅と権力の恥とが満天下に
          晒される、その日の近いことを。
           また、ますます増加する防衛費が何を意味す
          るかを、ぼくたちは、はっきり知っている。