ビルマ
アジアから孤立する軍事政権(下)

─ アウンサンスーチー氏 と その思想は生きている ─

軍事政権を生き返らせる資源開発。
国連や周辺各国から「人権侵害」を指摘され、孤立を深めつつある軍事
政権。ところが、天然資源の発掘と多数のダム建設による外資獲得を
背景に、一転して強気の政策に転換した。


 地方旅行から首都ラングーン(ヤンゴン)に戻り、バスの中から黄金に輝くシュエダゴン・パゴダ(仏塔)を目にする。なぜかホッとする。そんなとき、自分も知らないうちにビルマ人に似てきているなと感じる。シュエダゴン・パゴダはビルマの人の心に根を下ろしている。
 4月末、東南アジアをサイクロン・マラが猛威をふるった。ここラングーンでも、激しい雨が降った。例年なら5月の半ば頃に始まる雨季を告げる雨が、今年は一足早くやって来たようだった。肌を突き刺すような日差しとたたきつける雨が交差する日が続く。自然条件が厳しいビルマで、パゴダに金箔が張られている理由が判るような気がする。
  その日、そんな雨が降りはじめる前、シュエダゴン・パゴダの東入り口でタクシーを降り、「西シュエゴンダイ通り」に通じる道を抜けた。自宅軟禁中のアウンサンスーチー氏が書記長を務めるNLD(=国民民主連盟)本部を撮影(前号参照)後、背後から誰かつけていないか気にしつつ、足早にその場を離れる。  誰かに見られて当局に通報されているかも知れない。人通りの少ない西シュエゴンダイ通りを急ぐ。もし後ろをつけられているようなことがあれば、すぐに大勢の人にまぎれることだ。そう思い、近くのシュエダゴン・パゴダの境内へと向かう。


  「こっちが近道だよ」。そう声をかけられ、薄暗い公園を通り抜ける。私は、道案内役の知人と行動を共にしていた。もっとも彼は、私の前後を、つかず離れず、距離をおいて歩いてもらっている。端から見ると全く関係のない二人のように見せている。私が拘束された時、逃げてもらうためだ。
 公園に入って五〇mほど続く階段を上る。すると、目の前に現れたのは、驚いたことに「アウンサン廟」だった。すぐ横の小道を入ると、なんと廟の入り口まで出てしまった。廟をこんな間近で見たのは初めて。シャッターを切った瞬間、私の存在に気づいた警備の兵士が、すごい形相で走ってきた。  「ノー、ノー。ここは立ち入り禁止。写真はダメ!!すぐに出て行け」。 思いがけない厳しい口調だ。  ドキドキしながら小走りにその場を離れる。しかし、よく写真が撮れたものだ。幸運としか言いようがない。落ち着いて周りをよく見ると、私服、制服の兵士の姿がたくさん。
  家族を荷台に載せた軍用トラックも止まっている。この辺りは政府関係者(軍)の宿舎があるようだ。


ASEANから距離を置く軍事政権

 「アウンサン廟」 ─ アウンサンスーチー氏の父親で、独立の英雄アウンサン将軍の記念碑である。その廟はまた、ビルマ独立の前年1947年の7月19日、アウンサウンと共に暗殺された7名を含めた「殉教者廟」とも呼ばれる。ビルマの人にとっては神聖な記念の地である。だが、この廟の敷地内は、一般の人は立ち入りを許されていない。それには理由がある。
 事件が起こったのは1983年10月9日。ビルマ訪問中の全斗煥韓国大統領(当時)一行は、「アウンサン廟」に献花のため廟に来ていた。その時、廟に仕掛けられていた爆弾が爆発し、韓国とビルマの高官21名が死亡した。この「ラングーン(爆破)事件」は、北朝鮮の工作員によって引き起こされたと認定され、ビルマは北朝鮮との国交を断絶する。
  外国の観光客も含め、ビルマの一般の人が廟の敷地内に立ち入りが許されないのは、軍部のメンツを潰したテロ事件の現場だからである。  しかし、今年に入って、ビルマ軍事政権(SPDC=国家発展平和評議会)と北朝鮮の関係に変化が見られた。年初から両国の国交回復の噂が流れていた。今年4月、公式発表はされていないが、両国は国交回復に合意したと確認された。どうして今、北朝鮮とビルマがつながるのか。世界でも最も閉鎖的な両国のため、二つの国の接近の理由は定かではない。どうやら北朝鮮からビルマ接近したようである。
  北朝鮮は周知の通り、ミサイルの発射問題で国連安全保障理事会(以下安保理)で非難決議を受けた。その一方、ビルマに関しては昨年12月、安保理で公式な議題に上げるかどうか、非公式の場で駆け引きが続いている。


 米国は、自宅軟禁中のアウンサンスーチー氏と会見したイブラヒム・A・ガンバリ氏(国連事務次長)の報告を受け、2回目の非公式会合でビルマ問題を安保理で再討議しようと提案した。だが、安保理の公式な議題としてビルマを取り上げるのは、同国に深い利権を持つ中国やロシアが反対するのは容易に想像されていた。それよりも、日本の大島賢三国連大使が「国連安保理は、世界の平和と安全に対する脅威に責任があるのであって、ビルマは国際社会の脅威とはなっていない」と中国とロシアに同調したことは、多くのビルマ関係者を失望させた。

・天然ガス埋蔵地
・ハッジーダム建設予定地

 北朝鮮への制裁決議に関して、中国とロシアが日本に賛同しないため、日本の主張は通らなかった。だが、ビルマ問題に関しては、日本は中国とロシアの立場に先んじて米国の動議に反対している構図がある。  安保理は今年四月、「武力紛争下における文民の保護に関する決議」(武力紛争下における文民の対象とした攻撃に対し強い非難を再確認する)を採択している。これに照らすと、ビルマ国軍がカレン州において現在行っている軍事作戦は完全な決議違反である。
 1990年の総選挙で大敗したSPDCは、その結果を受け容れず、政権委譲を拒み続けている。さらにその後、国連総会決議を15回、国連人権委員会の決議を13回連続して無視し続けている。それなのに、国際社会はまだ話し合いでビルマ問題を解決しようとしている。
  「安保理は、罪のない人民が(ビルマ国軍によって)殺されているのに、どうして沈黙を続けているのか。わからない」
  カレン人女性の声は、国際社会にどう届いているのだろうか。

首夕暮れのサルウィン河(カレン州内)。上流にダム建設が予定されているが、下流に住む人にはその計画のことは全く知らされていない。生活の基盤となる河がどのように変わるのか。環境評価は全く考慮されてない。

 SPDCナンバー2のマウンエイ副議長は今年4月、、ビルマの高官としては数十年ぶりにロシアを訪問した。ロシアから新しい戦闘機の購入とビルマから1000人近い空軍関係者をロシアに派遣する計画を進めるためだ。  西欧諸国から経済制裁を受けて経済的に苦しんでいたビルマ軍事政権。自らの生き残りのために、その一員であるASEAN(Association of Southeast Asian Nations=「東南アジア諸国連合」)と友好関係を続ける必要があるはず。ところが昨年から、アセアンから距離を置き、それよりも大国の中国・インド・ロシア相手に積極的な交流を始めている。
  マレーシアで5月10日、アセアンの国防大臣が集り、東南アジアの新しい軍事安全保障の形が話し合われた。だがこの会合にビルマの国防大臣(SPDCの最高責任者タンシュエ上級大将)は参加しなかった。明らかにアセアンの枠組みを軽んじる態度である。