ビルマ
アジアから孤立する軍事政権(下)

─ アウンサンスーチー氏 と その思想は生きている ─

人権・民主主義より資源が大事

 ビルマは2003年、資金難のため、ロシアと進めていた原子力開発施設の計画を断念していた。だが、2005年末、その計画が再開されたという。  SPDCの外交政策の変化の理由として、ビルマの西、ヤカイン州(ラカイン州)沖に、東南アジア最大の天然ガスの大油田(A−1)が見つかったことが挙げられるだろう。油田の試掘は韓国とインドの企業が担っていた。インドは地理的な優位性から、その油田のガスを、当然自らが輸入できると考えていた。だが、パイプラインを通すバングラディシュとの調整に手間取っている間にビルマは、そのガスを中国に売ると言い出した。その油田からは。およそ12億〜17億米ドルという外貨を稼ぎ出すと目されている。


 インドは慌てた。インドは、アジアの民主主義の大国としてこれまで、ビルマの民主化グループを支援してきた。だが、自国の経済発展のために方針を変えた。今では、積極的にSPDCに近寄り始めている。  インドはまた、対中国という戦略上の理由から、ビルマとの関係大切にする必要がある。
  94年8月、インド海軍はインド領海内で、ビルマ国旗を掲げた3隻のトレーラー船を拿捕した。船には55人の中国人と偵察用の電子器機や通信器機が発見された。ビルマ沖、インド洋上ココ諸島には、中国の軍事基地があるのは今や、公然の秘密である。
  中国はまた、ビルマを南北に貫く大河イラワジ河の浚渫工事を請け負い、インド洋へ出口を確保しようとしている。経済発展著しい中国は今、世界中からエネルギーを買い集めている。中東やアフリカの石油資源を中国には運ぶ際、マレーシアのマラッカ海峡を通るよりも、ビルマのイラワジ河を経由して中国の内陸部に輸入資源を直接運ぶ方が容易いのだ。 さらに中国は、雲南省を下り、ビルマの東部(一部タイ国境と接する)を流れ、アンダマン海に注ぐサルウィン河(中国名怒江)に13のダムを造る計画をしている。
  また、堅実な経済成長を続けるタイは、将来的なエネルギー不足を予測して、ビルマ領内のサルウィン河に発電用のダムを5つ計画をしている。その建設資金は中国が出し、工事はタイが請け負い、発電した電気はタイが買い取ることになっている。売却益はもちろん、SPDCが受け取る仕組みである。
  このダム建設には、タイの環境団体や反対の声を上げている。ビルマ国内のダム建設では、強制移住や強制労働の実態が度々報告されているからだ。今回、五つのダムのうち、一番最初に建設が予定されていハッジー・ダムは、予備調査や工事の実態が掴めない山深いビルマの中で進められている。


相変わらず停電が頻繁に起こる旧首都ラングーン(ヤンゴン)
発電機や自家発電を備えている店や家だけに灯がともる。

 SPDCは一体、これら自国の天然資源を切り売りして得た資金をどのように使おうとしているのか。中国、北朝鮮、ロシアから軍のための武器を買うだろうと簡単に想像できる。オーストラリアの新聞は、SPDCは、核兵器の技術まで手に入れようとしているのではないかと報じている。
  SPDCの主張はいつも同じ。「ミャンマー」は、貧しい国だから、社会的な生活の向上が第一だ。民主主義や人権は後回し、という。だが、もともと豊かだったビルマが現在のような貧困に苦しみ、健康や教育の水準が世界でも最低レベルになったのは、40年以上に及ぶ軍事政権とその非効率な行政によるものである。 軍事予算が国家予算の40 %なのに、教育への配分は10%ほど。医療分野に関しては、1990年代半ばにはGDPの0.38 %だったのが2000年には0.17%へと激減している。

見て見ぬふりの国際世論

 SPDCは今、豊富な天然資源を大国に売り渡すことによって、自らが生き残る道を見つけ、軍の延命の可能性を大きくした。それによって、軍事政権の既成事実だけは積み重ねられ、軍政から民政への道筋は、さらに遠のいたようだ。そこに、ビルマの人の大多数の意見は完全に無視されたままである。
  ミサイルや核兵器の問題は、各国とも自らに火の粉がふりかかる恐れがあるので、安全保障理事会で懸命に取り組みをする。だが、人権を主題として安保理が動くことは期待されていない。
  今年5月、機能不全に陥っていたとされる国連人権委員会が廃止され、新たに人権理事会が設置された。この機関へもまた、ビルマの人びとの願いは届かないのだろうか。
  あるビルマ・ウオッチャーはそう推測する。
  「将来的に、さらに強まる国際社会からの圧力を念頭に、軍のトップタンシュエ上級大将は、軍服を脱ぐかも知れない。つまりそれは、憲法制定、議会招集のあかつきには、再び文民としてビルマを支配しようと企てているからだ」


天然ガス埋蔵地の開発が進むヤカイン州の州都シットウェ(シットゥエ)
天然資源のもたらす恩恵は地元の人には全く還元されない。